「損をしない」ための学問の使い方

安田氏:これまでももちろん、事前販売は分析されてきました。ただ、その理由は、あらかじめ消費者の数を把握できたほうが準備をしやすいとか、オペレーションが効率的になるといった文脈でしか捉えられていませんでした。

 それが2000年代に入って、今お話ししたような「売り上げを最大化する事前販売」というのが研究分野として生まれ、発展してきたのです。私はこれをマーケティング関係の論文を読んで知ったのですが、分析には経済学のモデルやフレームワークが使われています。これは経営学と経済学の幸せな融合といえるのではないかと思います。

星野氏:面白いですね。00年代はインターネットで取引が行われてそのデータが取れるようになり、経済学の学問的知見がビジネスで使えることが確認できるようになったこともありますね。

 ちなみに昔から広告代理店は、おそらくそのあたりのことを感覚的に分かっていて、テレビCMの広告枠を事前販売しているんじゃないかと思います。

安田氏:というと?

星野氏:例えば飲料メーカーが、夏に向けてつくった新商品のビールのCMを打つべきかどうかを判断できるだけの売上情報を得る前に、「御社が買わないなら他社に売ります」と一種の競争を起こす形で、CM枠を売り切ってしまうわけです。理論的に見ても、彼らのやり方は売り手としては正解ということなんですね。

安田氏:実際には売り手同士の競争が働くなどして、価格があまり高くなり過ぎないような圧力は働くのでしょうが、確かにこれは、買い手が売り手にギリギリまで便益を吸い取られるというストーリーですね。

星野氏:買い手の視点に立てば、売り手の口車に乗せられないよう、事前販売のカラクリを知った上でCM戦略を立てたほうがいい、という話になるかもしれません。

安田氏:さっきのツアーの話も、同じことがいえますね。事前販売をすることで売り手は最大の便益を得るわけですが、旅行日当日には買い手の半数は「20万円ならば行きたい」状況なのに、事前に35万円を支払っているわけですから。

 売り方を工夫すると、売り手は一切買い手に便益を与えることなく、言い方は悪いのですが、食いものにできてしまうとも言えますね。もし広告代理店などが肌感覚でもうかる仕組みを産業の中で育んでいるとしたら、売り手としては優秀だと言えるかもしれません。

星野氏:現実に起こっていることが、経済分析で裏付けられていますからね。

安田氏:いずれにせよ、マーケティングに少し経済学の視点を加えると、今の話のように、より体系的に理解ができる、様々な事例のつながりが見える、という点が重要ですよね。

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