「事前販売」で売り上げを最大化するには?
安田洋祐氏(以下、安田氏):私たちはビジネスに経済学を実装しよう、と取り組んでいるわけですが、多くの業界で慣例的に行われていることにも、実は経済学に関連しているものがたくさんありますね。
例えば、よくある「事前販売」。旅行やコンサートのチケットは、実際にサービスを消費する日よりもだいぶ前に販売されるケースが多くあります。これを材料に、経済学の見識がなぜビジネスに有用なのかを改めて見ていきたいのですが、いいですか?
星野崇宏氏(以下、星野氏):もちろんです。よくあるマーケティングを、経済学的な裏付けをもってより体系的に理解することで、活用の幅を広げよう、ということですね。
安田氏:その通りです。ここでは、次のように「ツアー旅行の事前販売」で考えてみましょう。
あるツアーのパックがあって、その旅行を検討している家族が100組います。旅行は、当日になってみないと本当の価値が測れない、不確実な商品ですよね。例えば天気がどうなるかは分かりませんし、体調を崩して楽しめないなんてことも起こり得ます。
仮に好条件がそろったとき、旅行客は「50万円払ってでも行きたい」となるとして、何かしら悪条件が入ったら「20万円ならば行きたい」となるとします。そして旅行当日、100組のうち50組には「50万円の支払意欲」があり、もう50組には「20万円の支払意欲」しかなかったとします。このとき、当日、あるいは直前に統一価格で売るとしたら、売り上げを最大化する価格はいくらになるでしょうか。
星野氏:20万円にすると100組すべての家族に買ってもらえますが、2000万円にしかならないですから、50万円で50組に売って2500万円にするのがよさそうですね。
安田氏:次に、この旅行を例えば1カ月前に販売するとします。支払意欲が50万円か20万円かは当日になってみないと分からないですが、その確率は半々だとしましょう。期待値を取ると、このツアーは35万円の価値があるということになります。
星野氏:1カ月はどちらの支払意欲かは分からないというリスクを見越した上で、100組が「35万円は払ってもいいか」と思っている状況ということですね。
安田氏:この場合は35万円で100組全員に前売りできますから、35万円×100組で3500万円になります。当日に50万円の支払意欲を持つ50組に売るよりも、売り上げが1000万円も大きくなります。
星野氏:「50万円」は確かに最も高い価格ですが、その分、顧客の取りこぼしが生じてしまうからですね。それならば、35万円で前売りしたほうがいい。
安田氏:そうなんです。これが、今まで慣例的にやってきたマーケティングですよね。
ところで、旅行日の直前に、すべての旅行客に対して同じ価格を提示する(=統一価格)のではなく、旅行客の支払意欲に合わせて異なる金額をもし設定する(=価格差別)ことができたとしたら、売り上げはどう変わるでしょうか。
このケースでは、50万円の支払意欲の50組には50万円で、20万円の支払意欲の50組には20万円で、というように2種類の違う価格でうまく売ることができたら、売り上げは2500万円+1000万円の3500万円になる。この金額は、先ほど求めた事前販売の場合と変わりません。
星野氏:そうですね。
安田氏:問題は、当日の市場でこのような「完全な」価格差別を行うことはほぼ不可能だということです。どんなに顧客情報を集めても、売り手は各消費者の支払意欲を正確には知ることは難しいですし、全く同じ商品が異なる価格で販売されていることに気付いた消費者はそもそも安い価格で買おうとするので、価格差別自体が機能しなくなるかもしれない。完全価格差別というのは、利益を最大化する理想的な売り方ではあるものの、いわば絵に描いた餅なのですね。
それに対して、事前販売の場合にはこうした問題が起こりません。とても現実的な販売方法であるにもかかわらず、売り手にとって最も望ましい売り方である完全価格差別と、同じだけの利益を上げられる仕組みになっているのです。
この例でいいたいことは、買い手にとっての価値が不確定な段階で売ると、より多くの人に売ることができて、利益を最大化できる可能性があるということなんです。
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