「経済学は役に立たない」と言われる理由

 武器は、その仕組みや、それが何に使えるのかを知っているだけでは、役に立ちません。当たり前ですが、実際に使ってみて初めて役に立ちます。

 この「使う」という視点は、経済学の教育で乏しいように思います。「知る」とか「理解する」でとどまっているのですね。経済データの扱い方を知るとか、市場の仕組みを理解するというように。いわば教科書できれいなサイエンスを学ぶことで止まっている。そこから一歩踏み込んで、現実の問題を解決していく。実は、経済学はそれができる段階にとっくに達しています。

 もちろん現実で起こる出来事は、教科書に書かれていることと同じではありません。似ているものはあっても、完全に同じものはない。きれいなサイエンスは、現実を把握するための物差しとしては非常に有用ですが、それだけでは対処できないのです。

 例えば、わたしはある野菜の市場設計に携わったことがあります。教科書の市場理論は、もちろん役に立ちます。しかし教科書のなかでは、どんな商品も一緒くたに「財」として扱われてしまう。野菜もボールペンも、どれも「財」として抽象的に扱われるのです。

 しかし野菜の市場設計を考えるためには、野菜ならではの難しさを考慮しなければいけません。具体的には、野菜は放置すると腐るから、受け渡し場所は冷蔵施設があるところにしようとか。決められた納期を守るために、物流もきちんと確保しなければいけないとか。農家のなかにはIT機器の操作に慣れていない人もいるので、ごく簡単な操作で、それなりによい取引ができるルールにしようとか。

 つまり、個別の問題に向き合って解決していく必要があるわけです。これはサイエンスというよりは、エンジニアリングという言葉のほうがしっくりきます。「サイエンスで問題に接近していき、エンジニアリングで解決する」というイメージですね。

 現在の大学の経済学教育では、このエンジニアリングに関する要素が決定的に欠けているように感じます。ほとんど教えていない、という大学も少なくないでしょう。サイエンスは大切ですが、それだけではバランスがよくありません。

 経済学を実社会において役立てるためには、「サイエンス」と「エンジニアリング」の両方が必須です。そして、経済に関する「サイエンス」と「エンジニアリング」を合わせたものが「武器としての経済学」なのです。

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