2021年3月期、利益・株価・時価総額で三菱商事、三井物産、住友商事を超え「3冠」を達成。万年4位とされた伊藤忠商事の業績を業界トップに押し上げた立役者である岡藤正広会長CEOは、「敵は慢心」と自戒する。トップ就任から12年。後継者についても語った。

■連載予定 ※内容は予告なく変更する場合があります
(1)伊藤忠の下克上、負け癖払拭した岡藤流「逆張り×統率」
(2)伊藤忠、知られざる「デジタル群戦略」 ライバルはアクセンチュア
(3)「コツコツ型」伊藤忠、資源依存の三菱・三井 財務で見る商社3強
(4)伊藤忠、日立建機出資の舞台裏 なるか「総合」の再定義
(5)伊藤忠・岡藤会長の危機感「問題は慢心。大木も芯から腐る」(今回)
(6)「経営者が育つオオカミの集団であれ」OB座談会
(7)「安定成長こそ強さ」鉢村CFOインタビュー

伊藤忠商事はバブル崩壊後に経営危機に見舞われ、三菱商事、三井物産、住友商事に続く「万年4位」といわれていました。今、業界首位を争うまでに成長した要因はどこにあるのでしょうか。

岡藤正広会長CEO(以下、岡藤氏):そんなにはしゃぐほどのことではないでしょう。我々が(最終利益で)商社トップを争うようになったのはここ7~8年のことです。それまでは大きな損を出して、それが解決したらまた大きい損をつくって。社長になる前から「なぜ伊藤忠は大きな問題を繰り返すのか」と思っていました。皆もそう思っていたんですよ。

 だから過去を反省し、教訓にしなければならない。社外取締役や(なりたての)執行役員にも、伊藤忠が今の状態になったのはつい最近のことだと言っています。今朝も1時間かけて意識を共有しました。はしゃいでいると同じことを繰り返しますよ。

岡藤正広[おかふじ・まさひろ]氏
岡藤正広[おかふじ・まさひろ]氏
伊藤忠商事会長CEO。1949年12月、大阪府生まれ。74年に東京大学経済学部を卒業し、伊藤忠商事に入社。2006年専務、09年副社長を経て、10年4月に社長。繊維部門が長く、海外駐在経験がないままトップに就いた。18年4月から代表取締役会長CEO(最高経営責任者)。任期中に時価総額を約5倍に引き上げた。(写真:陶山勉)

もともとの体質なのでしょうか。

岡藤氏:そうでしょうね。2000年、それまでの15年を総括しました。その間の損失額は1兆7000億円で、他の商社の2倍超です。特にバブル期の不動産とファンドトラスト(指定金外信託)の損失が大きかった。

 その後、他社は資源権益に投資したわけですが、我々は無配に転落し、できなかった。(1998年の)ファミリーマートへの出資ぐらいです。その時代の差が、(資源で大きな利益を出している三菱商事や三井物産と比べて)出ているわけです。

 ただ、裏を返すと大きな投資をしなくても経営できるということ。大きな投資をしても、必ずもうかるとは限らない。他社も減損しているし、減損したから(固定費が下がり)もうかっているとも言えます。

投資判断はすべきだった

資源ビジネスは市況に左右され、ジェットコースターのように業績が上下します。資源投資が進まなくてよかったとお考えでしょうか。

岡藤氏:いや、それは負け惜しみであってね。資源が足りない日本においては、良い案件があれば投資すべきでした。先輩が我慢をしながら鉄鉱石などに投資をして、それが利益になっていますが、やはり限られている。

 石油やLNG(液化天然ガス)は大きな投資です。財閥系と違って、売り先となる電力会社とのパイプがない伊藤忠がやるとなると、大きなリスクを伴うわけです。財務が傷み、売り先が十分に確保できない伊藤忠には資源への投資ができなかった。

失敗を繰り返してしまう体質、社風は変えられたのでしょうか。

岡藤氏:変えていかなければなりませんが、DNAというのはそう簡単に変わらない。それを分かった上で経営をしなければならないと。

 すべての商社にも言えることですが、基本的に体育会系の気質があります。「行け」と言われれば、だーっと行きよるわけですわ。1つの目標を掲げると走って行く力はすごい。

 特にうちは体育会系が多い。よく働くし、ガッツがある。非常に良いところなんだけど、損失を繰り返した頃は何が悪かったかというと、目標の設定を間違えていたわけです。

 先ほど挙げたバブル期の不動産はひどかった。日本は土地が限られている、人口は増えそうだ。なら土地価格は上がる。じゃあ、買えと。ヘリコプターに乗って「ここからここまで買います」とかね。ゴルフ場の会員権ビジネスもそうでした。

 伊藤忠は66年に、石油精製会社の東亜石油へ投資しました。石油を輸入に依存する日本にとって、必ず大きなビジネスになるという狙いです。ただ、採れた石油の引受先を決めずに投資を進め、しかもタンカーが必要だとして10~15年分も押さえてしまった。結局、85年に売却し、大きな損失を生みました。

 仮説を立て、それが正しいと思って関連するものを全部押さえたら、大きな損失になった。これは社員が悪いわけではなく、(経営陣に)言われた通りにやっているわけです。他社も多少あったのでしょうが、特にうちがひどかったんじゃないかなと思います。

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