バブル期に不動産や金融商品の運用に失敗し、経営危機に陥った伊藤忠商事。今やその稼ぐ力は三菱商事や三井物産など財閥系商社と肩を並べ、2022年3月期も最終利益8000億円超の高水準での首位争いを繰り広げる。

 日本の産業史では珍しい下克上をけん引したのが、岡藤正広会長CEOだ。繊維事業で実績を残したその「商人道」は、今やグループ全体に浸透しつつある。そして今、多様な事業をデジタルで束ねる新たな成長フェーズに入った。

 本連載では、伊藤忠の強さの原点、商社の役割をどう再定義しようとしているのかを検証する。

■連載予定 ※内容は予告なく変更する場合があります
(1)伊藤忠の下克上、負け癖払拭した岡藤流「逆張り×統率」(今回)
(2)ライバルはアクセンチュア 伊藤忠の「デジタル群戦略」
(3)「コツコツ型」伊藤忠vs「資源依存」の三菱・三井 財務で見る商社3強
(4)日立建機出資の舞台裏 なるか「総合」の再定義
(5)岡藤会長インタビュー「慢心すれば、一瞬で落ちる」
(6)「経営者が育つオオカミの集団であれ」OB座談会
(7)「安定成長こそ強さ」鉢村CFOインタビュー

 「2022年度、23年度は当社の力量が真に問われる大変難しい年となる。これからもチャレンジャーとしての精神を決して失ってはならない」

 4月7日。伊藤忠商事の岡藤正広会長CEO(最高経営責任者)は、全社員にこんなメッセージを送った。ウクライナ危機や金融緩和時代の終わりといった世界情勢の激変にどう対応し、資源価格高騰で業績を伸ばす三菱商事、三井物産とどう戦っていくべきか。その前に開かれた経営会議での議論を踏まえたメッセージだ。

伊藤忠商事の岡藤正広会長CEO(写真:陶山勉)
伊藤忠商事の岡藤正広会長CEO(写真:陶山勉)

 伊藤忠は21年3月期、最終利益、株価、時価総額で他社を上回り、「商社3冠」を達成した。足元の時価総額は20年前の10倍となる6兆円超。22年3月期は、最終利益8000億円超を計画し、三菱商事、三井物産とトップ争いを繰り広げている。

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 国内の主な業界で21年3月末と11年3月末の時価総額を比べると、自動車や銀行、電機の1位は10年後も不変だ。首位交代があったのは、ソフトバンクグループが投資ファンドに衣替えした通信業界ぐらい。プレーヤーが固定され新陳代謝が進まないのが、日本の産業界の構造的な問題だ。

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 現在は4000円前後の株価は1990年代後半に200円を割り込み、「破綻するのでは」と話題になった伊藤忠。産業史に残る土俵際からの下克上は、どのように成し遂げられたのか。競争戦略が専門の一橋ビジネススクールの楠木建教授は、「伊藤忠は一発投資に依存せず、手間暇かけてバリューチェーン(商流)を磨く戦略が秀逸だった」と評価する。

 ただその戦略は、過去の失敗から余儀なくされたものでもあった。

「丹羽が手術、私はリハビリ」

 「20世紀に起きたことは、20世紀中に片づけたい」──。1998年に社長となった丹羽宇一郎氏はこう宣言した。

 戦後、総合商社は商品の取引を仲介する「トレード」を軸に成長した。ところが、製造業の海外進出に伴い、「商社不要論」が台頭、トレードに付随して利益を得ていた金融事業も構造転換を迫られる。株式や債券の運用を始め、利益が出始めた頃にバブル期に突入し、不動産投資や財テクに傾斜した。

2004年、社長交代の記者会見で肩を組む小林栄三常務(左)と丹羽宇一郎社長(写真:共同通信)
2004年、社長交代の記者会見で肩を組む小林栄三常務(左)と丹羽宇一郎社長(写真:共同通信)

 なかでも伊藤忠はひどかった。2000年3月期に単体で約4000億円もの特別損失を計上し、連結で882億円の最終赤字に転落。00年代に商社で起きた資源ブームに乗り遅れ、最終利益で三井物産や三菱商事の背中は遠のいた。「丹羽は手術をし、私はリハビリをした」。丹羽氏の後継社長で、現在は名誉理事となった小林栄三氏は雌伏の時期をこう振り返る。

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