驚くには当たらないが、ジェフ・ベゾスがワシントン・ポストで一番力を入れたのはプロダクトであり技術である。ムンバイのインド工科大学を出たシャイレシュ・プラカシュCIO(最高情報責任者)とタッグを組むとともに、ワシントン・ポストには下手なシリコンバレースタートアップより優秀なエンジニアがいると気炎を吐いた。
そして、ウェブページや緻密なグラフィックスのロードにかかる時間をミリ秒単位で削減。読者が本当のところどの記事に興味を持っているのかを評価できる基準や本当に「釘(くぎ)付けにする」ほどの魅力が各記事にあるのかを評価できる基準をつくることも求めた。

ベゾスがワシントン・ポストを買収したころ、プラカシュは、記事の掲載からブログ、ポッドキャスト、広告などのオンライン機能を一括管理できるコンテンツシステム、アークパブリッシングを開発していた。ベゾスはいかにも彼らしく、この技術は他紙にも提供すべきだ、放送業界などパブリッシング機能を必要とするところにライセンス供与すべきだとプラカシュに持ちかける。その結果、アークは、2021年現在、1400カ所ものウェブサイトで採用され、年間1億ドル近くを売り上げるほどに成長した。
ベゾスとプラカシュはまた、タブレットで雑誌のように新聞を読めるレインボーアプリを8カ月かけて開発した。ワシントン・ポストのデジタル版はホームページに載せない。更新は1日2回。レインボーアプリを使うと、雑誌のようなレイアウトで記事が読める。記事が2本ずつ掲載されているページをめくっていき、興味を引かれた記事を選ぶと詳しく読むことができるのだ。
ベゾスはこのアプリの「最高製品責任者」だとプラカシュは表現している。一番大事なのは「ニュースの認知的過負荷」という問題を解消すること、空に舞い上がるグライダーのように読者を高いところに押し上げ、その日の出来事を上から眺められるようにしてあげることだとベゾスが目標を定めたというのだ。このアプリは2015年7月に公開され、アマゾンFireタブレットにプリインストールされるようになった。
ベゾスはプラカシュに同類のにおいを感じていた。あらゆることで意見が一致するのだ。いや、ほとんどのことでと言うべきか。アップルニュースプラスという新しいサービスを始めるので参加しないかと、アマゾンのライバル、アップルからワシントン・ポストに声がかかったとき、プラカシュら幹部グループのメンバーはみな、iPhoneとiPadで総計15億台という可能性に目がくらみ、参加のメリット・デメリットを洗いだして6ページのメモにまとめた。だがベゾスは猛反対。どこで読んでも購読料金は同じにするというワシントン・ポストの基本方針に反するというのだ。参加は見送りとなった。
2017年の初め、ウォール・ストリート・ジャーナル紙が最高技術責任者(CTO)にプラカシュを引き抜こうとして、ベゾスが慰留する一幕もあった。このとき残留のメリットとしてベゾスが提案したのが、宇宙開発の会社、ブルーオリジンの諮問委員就任だ。というわけで、プラカシュは、土曜日にワシントン州ケントまで飛び、ブルーオリジンのサプライチェーンシステムに手を貸すことがあるようになった。
プラカシュもベゾスに心酔している。「ジェフが持ち込んだもののなかで一番は実験の文化でしょう。大金をつぎ込んだあげくプロジェクトが失敗したら監査委員会の前に立たされるんじゃないかと心配する人はここにいません。みな、失敗を恐れなくなりました」
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