ジェフ・ベゾスは「意図がよくてもうまく行かない。仕組みがよければうまく行く」とよく言う。AWS(アマゾン・ウェブ・サービス)を率いるアンディ・ジャシーは、この言葉をAWSにびしばし適用した。
AWSの1週間は研ぎすまされた手順や行事という形の「仕組み」を中心に回っていく。新規サービスのアイデア、その名称、価格の変更、マーケティング計画などはいずれも6ページのメモにびっちり記述し、20階の会議室でジャシーに報告する。ちなみに、会議室の名前はハーバード時代、ルームメイトと暮らしていた部屋と同じで「ザ・チョップ」である。欧州文学の講義で読まされたスタンダール『パルムの僧院』にちなむ名前だ。ともかく、報告会は幹部が技術的な問題をきっちりと詰め、ジャシーが最後を締めるのがふつうだ。その精神力は尋常ではなく、濃密で複雑な書類を読み込みながら1日10時間会議をしても疲れた様子さえないという。

突然の説明に備えて幹部全員に準備をさせる
AWSで特に重要なのは水曜日午前の会議ふたつだ。ひとつは90分で事業の現状を確認するジャシー主催の会議。主なマネージャー200人が集められ、顧客やライバル、さらには製品ごとの財務状況などが事細かに報告される。だが一番の目玉はこの会議の前に行うフォーラムだ。2時間にわたる業務報告会で、技術的なパフォーマンスをウェブサービスごとに評価する。3階の大会議室で、みんなに恐れられる元スペースシャトルエンジニアのチャーリー・ベルが取り仕切る。
このセッションについて尋ねると、AWSの幹部もエンジニアも感嘆とPTSD(心的外傷後ストレス障害)が入り交じった表情になる。会議室の真ん中に大きなテーブルが置かれていて、そこにバイスプレジデントとディレクターが40人以上も座っている。何百人もいるほかの参加者(そのほとんどは男性)は周囲に立つか、世界各地から電話で参加する。部屋にはカラフルなルーレットが用意されている。毎週、このルーレットでEC2、レッドシフト、オーロラなど各種ウェブサービスから議題を選ぶわけだ(2014年まではサービスの数が多すぎたのでソフトウェアで選んでいた)。
わざわざそんなことをするのは、突然に詳しく説明しなければならなくなるかもしれない形にすることで、担当サービスの状況を常に把握するようマネージャー全員に仕向けるためだ。
ルーレットで選ばれるとキャリアが大きく変わったりする。自信を持ってしっかりプレゼンできれば明るい未来が待っている。逆に不明瞭だったりデータがまちがっていたり、わずかでもごまかそうとしたりしたら、チャーリー・ベルが割って入る。恐ろしい剣幕(けんまく)でのこともある。担当サービスの業務について現状をしっかり把握し、それを伝えることができなければ、マネージャーとしてのキャリアが終わりかねないわけだ。
いずれにせよ、サービス開始から10年近くがたち売り上げも利益も増えた結果、AWSはアマゾンのテックエリートが一番行きたいと思う部署となった。事業部のアイビーリーグとでも言えばいいだろうか。天才が集まるところでむちゃくちゃな儀式に耐え、花を咲かせるのは、名誉勲章に匹敵する栄誉なのだ。

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