人の生身に触れる大変さと喜び

認知症の人から同じ話ばかり聞かせられて大変だな、といつも思うんですが、一方で、話を繰り返すうちにディテールが積み重なっていくと、川内さんなら川内さんの中に、その人の人柄というのか、人格というのか分かりませんけど、それがだんだん解像度が上がって見えてきたりする、そんなことはありますか。

川内:うん、あります。こっちもご本人のストレスにならない程度にいろいろな質問を投げるんですよ。「そのときはどんな天気だったんですか」とか。最初の記憶の取っかかりとしては一番思い出しやすい、いつもの話なんだけれども、だけどそこから少しずつ違う話を聞き出していこうとするので。

なるほど、そうするんですね。

川内:ただこれも、ご本人のそのときの体調とかストレスの具合とかによって、抜き差しをしながらなので、こっちが相当に気持ちに余裕がないとできないです。だから自分の家族にはやれないです。

まず、「ああーっ、また始まったよ」みたいな気持ちになっちゃいますよね。

松浦:いつもの話が出たかと。

川内:そうそう。うーっとなるじゃないですか。例えば私の母親って琴を演奏するんですけど、仮に病気になって、記憶が低下して、思い出しながらやっている姿があったときに、私はたぶん見ていられないと思うんですよ。普通に弾けないから。「いいよ、そんなのやめろよ」と言うと思うんですよ。でも、利用者さんだったらどうかというと、「あ、琴をやられていたんですね」となる。「どうやって音を合わせるんですか?」とか、積極的に聞いていきます。

反応する角度が全然違う。

川内:自分の親だと上手に弾けてない時点で、やめろ、やめろ。もう弾けないんだから捨ててやる、となるのが、親不孝に見えるかもしれませんが、理想の親が崩れていく姿を見たときの、子どもの当然の反応なんです。

介護本を見ると、優しくかかわりましょう、とか、否定しちゃいけないとか、ありますが。

川内:これまた、「べき論」だと思いますね。だから、無理しないで、辛かったらそっと離れる。もしくは、見なくても済むだけの距離を取る。自分を立て直して、機嫌のいい顔を見せてあげる。そうすれば、親が本当に望むモノを考える気持ちの余裕が手に入る。

介護に携わる人にとっては、そういう客観的な目で、まったく縁がなかった第三者の人格というか、その人そのものがだんだん見えてくるのが、お仕事の醍醐味だったり。

川内:そうです。だって、人によって目標もたどり着いた場所も全然違うじゃないですか。それは面白いですね。

松浦:インタビューの楽しさですね。

川内:そうかもしれない。

そうですね。お聞きしていてそう思いました。まさにインタビューだ。

川内:その人がどうしてそういう生き方をしてこられたのか、ということが聞けることですごく自分の生き方にも当たり前ですけど、プラスになる。その人が今、何ができるか、できないかは実はどうでもいいんですよね。だから楽しいと思える。安藤なつさんもそう思っていらっしゃるのかなと(「安藤なつさんが働いたグループホームが楽しかった理由」)。

そうだと思います。

川内:人の生身に触れる感じ。素の言葉としておっしゃってくれるからすごくこちらとしては響くし、その人の言葉だし、誰かが言った言葉じゃなくて、その人が語ってくれることなので、それはすごくこちらとしてはありがたいですね。

松浦:いや、そう考えると面白いでしょうね。波瀾万丈(はらんばんじょう)の人もいるでしょう。

川内:たくさんいます。というか、聞いていけばどの人も波瀾万丈ですよ。成果主義や合理性は、人の人生にとってたいしたことではないんだな、と、介護をしていると、そして松浦さんの本を読んでいると、心の底から思えます。

(おわり)

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