川内:そう。忘れちゃうんだったら、記憶を外部化するみたいなロジックにいくんですかね。でもそれは「行きたくないと言っているのはなぜか」と考えるべき話なんですよ。

だから施設の方は、イケメンの人あたりのいい職員をお迎えに出す、みたいな。

松浦:そうそう。あれは母には抜群に効いた。

川内:よっぽどそのほうが効率がいいですよね。

松浦:デイケアなんていやだいやだと言っている母が、美男子のトレーナーさんが声をかけたら、はいはいって感じで出かけるのを見たときは、美男子は得だなと本当に思った。

川内:いや、強いですよ。でも何を言いたいかと言えば、いい男は得で強い、ということではなく(笑)、ご家族は距離が近い分、どうしても客観的に対応することが難しく、「べき論」にハマりやすい、ということです。辛いと感じたらプロを入れて、距離を取って、「いい顔」をできる余裕を取り戻すことが、本当の親孝行じゃないか、そう思います。

川内潤さん(左)、松浦晋也さん(右)
川内潤さん(左)、松浦晋也さん(右)

どうせ記憶に生きるなら、いい思い出のほうがいい

最後に、自分自身が認知症になったら、ということを考えてみたいと思います。松浦さんご自身は、どう向き合っていくか、何かお考えですか。

松浦:たぶんそのときにならないと分からないと思う。そして分かったときには手遅れだと思います。結局、認知症にまだなっていない今、やりたいことをする。それ以外ないんじゃないかな。

川内:ですよね。

松浦:今、ぶつ切りの記憶の中を漂っている母を見ると、結局そうやってきたぶつ切りの記憶の中に楽しいことがどれぐらいあるか、そういう話なので。

川内:そうですね。そこが大事ですよね。

お母様は楽しい記憶のほうが多そうですか。

松浦:分からない。怒っているほうが多いので。どうやら記憶には怒っていることのほうが残りやすい、のかもしれない。「お父さんにブスと言われた」とか。

そうか。つらい。

岡崎杏里さん(以下、岡崎):つらい。

何が記憶に定着しやすいかなんていうのは、分かるわけもないですよね。

松浦:そうですよ。自分の記憶をひっくり返してみて、「何でこんなことを覚えているんだ」ということって、よくありますよね。

川内:いっぱいあります。

松浦:逆に同窓会なんかに出て、「なぜお前はあれを覚えてないんだ」と言われることもあって。

川内:ありますね。

松浦:記憶ってそういう意味でものすごくランダムなんじゃないかな。

だったらせめてやりたいことをいっぱいやって、もしかしたらそれが記憶でよみがえる確率が上がるかもしれない、という。

松浦:そうそう。

川内:ですよね。

松浦さん、今、これだったら何度思い出してもいいなという記憶って何かありますか。

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