ここから先、受傷の確率を下げるのは、直接の関係者の努力ではなく制度で行うべき問題だ。例えば夜間の当直を2人にすれば、母に起きたような事態は確実に減る。それを行うべきは仕組みを作る行政であり行政の方向性を決める政治であり、そういう政治を選挙を通じて選ぶ我々選挙民であって、グループホームの仕事ではない。

 ところが、日本政府、というか厚生労働省と経済産業省は2022年現在、積極的にロボットやセンサーを導入し、その分夜間の人員配置を減らそうとしている。

 「役所は機械音痴の集まりか」というのが正直な私の感想だ。現状ではロボットやセンサーは人を補助するものであって、人を代替できるところまでは進歩していない。ロボットやセンサーの導入で人を減らせると考えるのは非現実的だ。機械化は介護の効率化に必須だが、機械に夢を見すぎてはいけない。

 むしろ、介護職の給与を上げて人が集まるようにして、夜間の介護を厚くすべきではなかろうか。

 ともあれ、入院なので母の世話は全部家族に戻って来る。前回、脳梗塞の時と同様に、レンタルできる寝間着、タオルなど、カネで手間が買える部分は全部カネで始末したが、それでも様子を見に毎日通わねばならない。また、自宅から病院に行って母を見舞い、看護師などと話をして状況を把握し、グループホームに回って報告と相談という、三角移動の復活である。

 脳梗塞の時と違ったのは、母が痛がるということだった。じっとしていれば痛みはないらしいのだが、すこしでも身動きすると母は「痛い、痛いっ」と大騒ぎする。看護師さんたちが床ずれなど起きないように色々工夫して身体を動かしてくれるのだが、その都度「痛い痛い」と大変なことになる。

命、預けます

 「手術までの我慢だから」と言い聞かせても、記憶に残るわけではない。その一方で母は「きっちり手術しないと結婚したげないよ、とSさんが言っていた」などと妙に筋が通った妄想も口にする。なるほど、脳の合理化の機能というのは大したものだな、と感心した。

 入院5日目の3月27日午後、突如として病院から電話がかかってきた。「あまりに痛がり方がひどいので、まだ1週間たっていないけれどこれから緊急で手術をします。すぐに来て下さい」。思わず「大丈夫ですか」と聞き返す。アスピリンが効いている間は出血のリスクが大きくて手術できないのではなかったか。

 「大丈夫であろうと判断しました」と、主治医の先生は電話の向こうで言い切った。

 命預けますとは、まさにこういうことだなと思いつつ、病院に急行する。

 手術は3時間程で終わった。麻酔覚めぬ母に面会すると、苦痛はない様子で眠っている。主治医の先生は「最近この人工関節置換の手術が多くて、私も手術に慣れていたので大丈夫であろうと判断して踏み切りました。成功しました。大丈夫ですよ」と説明してくれた。

 市民病院で人工関節への置換手術が多いということは、この地域一帯も高齢化が進んでいるのであろう。

 「この後、リハビリに入りますが、正直認知症が進行しているので、また歩けるようになるかどうかは分かりません」と言われる。それは覚悟していた。母は年明けあたりから歩くのを嫌がるようになり、運動量が減っていた。このタイミングで転倒・骨折となれば、今後は基本的に車椅子生活になる可能性もあると考えていた。が、取りあえず今は、もう母が痛い思いをしなくていい、ということを喜ぶことにしよう。

 入院は2週間程度というスケジュールに変化はない。つまり4月10日前後まで、私は毎日病院通いをすることになる。やれやれだが、ここから後は「痛い痛い」と苦痛に顔をゆがめる母を見ないでも済む――はずだ。

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