深夜、年寄りが尿意を覚え、起き出してトイレに行く。それは当然あり得ることだ。グループホームは入居者9人の1ユニットにつき夜間の当直が1人かならずつき、介助する。これも施設の性格を考えると当然だ。そして家族の側はその介助が完璧であることを求める。正確には完璧で当然と考える、というべきか。

 が、実際問題として夜間に1人で入居者9人の介助をするのはそう簡単ではない。介助が必要な状況が重複することなく順番に起きればよいが、重なって発生することもある。重なれば順番を付けて緊急度の高い順に対処するしかない。となれば事故は確率の問題だ。「ちょっと待っていてくださいね」と、目を離したそのタイミングで転倒、というのは十分に起きうる。ホームは日々発生するトラブルを、スタッフのプロの技術で切り抜け続けているというのが実情である。そこにほんの小さな隙が発生すれば、事故につながっていく。

 入居者の夜間の異常行動を抑制するために、夜は手を縛るなどして拘束するということが実際に行われていた時期もあるという。が、事故は防げるとしても、それは良いことではない。現在では、介護保険による事業を営むグループホームなどの事業所での拘束は、法律で高齢者虐待にあたると規定されている。

 もうひとつ、ホームの側にしてみれば訴訟リスクというのもあるだろう。ホームに入居させたことで、当然完璧に介護してくれるものと思い込んでいる家族が、骨折に直面し「なんできちんと介護してくれなかったんだ」と逆上することはあり得る。

もしここで訴訟を起こしたら?

 実のところ、私も考えなかったわけではない。Kホーム長に「すみません」と言われるたびに、「ここで訴訟を起こしたらどうなるだろうか」という暗い思考が頭をよぎったことを告白しなくてはいけない。

 が、そう考える自分の脳裏にずっと引っかかっていたのは、自宅の壁に付いた傷だった。まだ母を自宅で介護していた頃、朝起きると母の寝起きする居間の塗壁に円弧状の傷がついていた。夜中にトイレに起きた母が転倒してつけた傷だった。母は転倒したことを覚えていなかった。ただ、朝起きると胸が痛いと顔をしかめ、整形外科に連れて行くと肋骨が折れていることが分かったのだった(『母さん、ごめん。』参照)。

 壁にそのままになっている円弧状の傷を眺めつつ考えた。

 自分が自宅で母を介護していたとしても、同じような事故が起きたのではないか。それどころか環境はグループホームに及ばない、段差はあるし冬はトイレが寒い自宅なら、大腿骨骨折どころではない、もっとひどいけがをしていた可能性もある。

 色々考えた末に、私は責任をことさらに追及しないことにした。ある程度まで歳を取れば、転ぶ転ばないというのは確率的事象であり、転んだ結果の受傷は、運命として受け入れるしかないだろうと判断したのだ。グループホーム側が偶然の受傷が起きる確率を下げる努力をしていなかったわけではない。むしろ足りない環境下で十分以上に努力していたと言える。それはこの1年間、自分がホームに通って観察し、分かっている。ここで嵩にかかって責め立てても、ホーム側を萎縮させるだけであって、将来に向かって良い結果を生むわけではないだろう。

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