親を「グループホーム」に入れたらどんな介護生活になるのか。

 そもそも「グループホーム」とは、どこにある、どんなところなのか?

 親が高齢になれば、いずれ否応なく知らねばならない介護施設、その代表的なものの一つである「グループホーム」。『母さん、ごめん2 50代独身男の介護奮闘記 グループホーム編』で、科学ジャーナリスト、松浦晋也さんが母親をグループホームに入れた実体験を、冷静かつ暖かい筆致で描き出します。

 介護は、事前の「マインドセット」があるとないとではいざ始まったときの対応の巧拙、心理的な負担が大きく変わってきます。本連載をまとめた書籍で、シミュレーションしておくことで、あなたの介護生活が「ええっ、どういうこと?」の連続から「ああ、これか、来たか」になります。

 書籍・電子版で6月23日発売予定です。

 本書の前段に当たる、自宅介護の2年半を描いた『母さん、ごめん。 50代独身男の介護奮闘記』は、電子版集英社文庫が発売中です。

(※前回はこちら→「母さん、83歳にして恋ですか?!」)

 Sさんの登場以来、母との面会は格段に楽になった。

 もう母は「帰りたい」「私を家に戻せ」とは言わない。会えばすぐに「Sさんが、Sさんが」と、Sさんの話ばかりする。私はそれにうんうんとうなずいていればいい。

 母のいるグループホームでは、秋に年1回の家族会を開く。その場で私はSさんの息子さんにあいさつした。Sさん同様の実直そうな方だった。私はなんとなく気恥ずかしさを感じた。ひょっとしたら娘が結婚する時の親が感じる感情のようなものかもしれない。向こうも少々恥ずかしそうにしていた。そういうものなのだろう。

 母は完全に十代の少女に戻ってしまったかのようにうきうきとしている。うきうき気分は伝染し、こちらの気持ちも明るくする。「退屈だ」「ご飯がまずい」「家に帰りたい」という不平不満の雨あられを受け止めていた身としては、ありがたいとしか言いようがない。

 が、それがどこまでも続くものではないことも、私は知っている。若い二人ならば結婚して家庭を築くという未来が見えてくるが、共に認知症を抱える老人となれば、先にあるのは別離のみだ。

 それがどちらかの退居なのか、死なのかはわからないが、別離の日が遠ければいい――もちろん「遠いほど、長い間自分は楽をできる」という私自身のエゴイズムもある。が、それ以上に浮き立って幸せそうな母の状態が長く続いてほしいという思いも強かった。

 しかし、そんなに長くは続かなかったのである。

Sさんの病気が悪化した

 2017年の秋が深まるあたりから、Sさんの変調が目立つようになった。元気がなくなってきたのだ。最初は一時的なものかと思ったが、むしろ状況は悪化しているようだった。

 プライバシーに関わることなので、基本的にホームのスタッフは他の入居者のことを別の入居者の家族には話さない。が、Sさんの体調は無関係とは言えないと判断したのだろう。そっと話してくれた。「Sさんですが、進行する病気を抱えているんです」。

 それは……なんともいえない気分に襲われた。いつか終わりが来ることはわかっていた。わかっていたが、あまりに早すぎるではないか。せめて1年ぐらいはこういう時間が続けばいいと思っていたのに。

 12月に入るとSさんの状態はますます悪くなった。ところが、母は状況の変化が理解できない。今までと同じと思ってSさんに話しかけるが、Sさんは身体的な不調で母の相手をするのも難しい。そこで母が怒る。

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