困ったスタッフは再度K医師に相談するが、「念のため救急搬送を」と指示され、そこで私に電話をかけてきたのだった。まったくもう。それならば家族に連絡が来ようかというものだ。おそらく「息子さんも念のためにと言っていますから」と母を説得したのだろう。

 ここで総合病院の医師から、検査結果の説明を受ける。

 MRI(磁気共鳴画像装置)の結果、脳右半球に梅干し大の梗塞が見つかった。血栓性の脳梗塞で確定だ。幸いなことに麻痺もしびれも運動障害も出ていない。若干発語が不明瞭だが話せないということもない。そこで血栓溶解剤の点滴でこれ以上の症状悪化を防ぐ治療を行う。この時点ですでに治療は始まっており、母の腕には点滴の針が刺さっていた。

 血栓性脳梗塞の場合、予後の振れ幅が大きい。最初は問題なくとも一気に悪化する場合もあるし、このままなにもなく推移することもある。

 さらに認知症老人の場合、入院生活で譫妄(せんもう、軽度の意識障害で錯覚、妄想が生じる)が出る可能性がある。譫妄が出た場合は、その回復を優先して早期退院させる。脳梗塞症状が悪化した場合は治療を優先して入院期間を延ばす。入院による身体の萎縮を防ぐため、落ちついたらリハビリも行うことになる。最低入院期間は1週間。

入院によって、介護の主体はホームから家族に戻る

 家族としては、このままスムーズに治療が進んで、元の生活に戻れるのかが知りたい。が、医師は「悲観も楽観もできません」と言う。確かにその通りだ。不確定要素が多すぎる。

 ここでスタッフの方から、「それでは私はホームに戻ります。入院手続きは家族の方がしなければいけないので、もう私のできることはありませんので」と言われる。

 私ははっと気が付いた。
 「入院すると、母の介護は家族が主体になるということですか」
 「そうですね。もちろん基本は病院での治療が中心になりますけれど、グループホームとしては入院させたところで、役割は終わります」

 グループホームは、介護保険で運用されている。これが入院となると、健康保険の適用対象となるので、ホームのサービス対象から外れるのだという。

 私は、母をグループホームに入居させたことで、家族による介護は一段落ついたと思っていた。
 間違っていた。母が病気なりけがなりで入院することになれば、再度介護の主体は家族に戻って来るのである。

 経験者は知っての通り、入院となるとあれこれの書類に署名捺印する必要がある。病院の事務で説明を受けつつ、私は「どうやったら手間を最小にできるか」と考えていた。介護の主体が家族に戻るといっても、入院なので基本的な生活の世話は病院がやってくれる。一番大きいのは寝間着や下着の交換、そして失禁対策として常用しているリハビリパンツの確保だが、これらはお金を出せばレンタルすることも可能だ。

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