入居前に複数のグループホームを見学したことで、グループホームという施設の運営にはかなりホーム長の個性が強く出るものだと気が付いた。母の入居にあたっては、ホーム長を務めていたKさんの個性が、束縛を嫌う母に合いそうだという判断がかなり大きく影響した。

 Kホーム長は、だいぶ私よりも若く、丸顔で癖のあるもじゃもじゃの髪を伸ばして後ろでポニーテールに縛っていた。私の第一印象はといえば「50年前に新宿駅前でフォークゲリラとかいってギター弾いて歌っていそうだ」という、思えば大変失礼なものだった。

 彼の運営方針は、「あまり束縛しない」だった。それぞれの入居者はそれぞれの事情を抱えているのだから、なるべく寄り添うようにする。「あれをしろ、これをしろ」と言わないし、やりたいということはなるべく手伝う。

 例えば、新しい入居者が放浪癖のある人だったことがある。

 ホームはドアにカギが掛かる構造になっているので、物理的に外に出さないようにするのは簡単だ。が、Kホーム長は、そうはしなかった。

 その入居者が玄関まで出てくると「○○さん、外に行きたいの?」と話しかける。そして頭ごなしに叱ったり、止めたりするのではなく「でも今日は天気が悪いですよ。外に出るならもう少し天気の良い日にしませんか」と引き留める。

 どうしても行きたがる場合は、手の空いているスタッフが一緒に近所まで散歩をする。そのうちに本人が疲れてくると、「疲れましたかね。戻ってお茶でも飲みましょうか。そろそろおやつの時間ですよ」と話しかけて、帰ってくる――体力があってどこまでも歩いてしまうような入居者ではなかったからできたのだろうが、このような柔らかい態度で接するということを基本としていた。

靴を持っていってしまう入居者

 あるいは、すぐに靴を自分の部屋に持っていってしまう入居者の方がいた。私のような訪問者も玄関に置いていた自分の靴を、何度も持っていかれてしまったのだが、それも決して止めない。靴を自室に持ち帰り、そのまま本人が忘れてしまったタイミングでそっと元に戻しておく。その上で、私のような“被害者”に、そっと事情を説明するのだ。

 「すみませんね、あの方は、若い時は市民ランナーとしてかなりのところまで走り込んでいて、いくつものマラソンを走ってきたんだそうですよ。だから靴にはものすごくこだわりがあるんです。靴、元に戻しておきましたから」というように。

 ホームには、かなり広い庭がある。Kホーム長はそこに家庭菜園を作って野菜を栽培していた。「できる入居者の方には、声をかけて手伝ってもらうんですよ。そうすることで体を動かすことにもなりますし、いくらかでも“自分が他の人にとって役立っている”という実感を持ってもらえればと思っているんですけどね」ということだった。

 同じ庭には時々近所の保育園の保育士さんと子どもたちがやってきて、遊んでいく。きちんと話を聞いたわけではないが、そのように取り計らったのもKホーム長らしかった。

 それだけではなかった。ホーム長の居室は、建物の玄関のすぐ横にあるのだが、そこにはいつも10円駄菓子が常備されているのである。Kホーム長と話をしていると、時折、小学生ぐらいの子どもがやってきて、「くださーい」と声を張り上げる。するとKホーム長は出て行って、駄菓子と10円玉を交換するのだ。

次ページ スタッフとの信頼関係からすべては始まる