企業としての全社的なビジョンを策定したら、なぜ今このタイミングで新規事業に取り組まなければいけないのかについて、その意義を検討します。

 まずは第一歩として将来のビジョンと自社の現状を照らし合わせ、その差分(ギャップ)がどこにあるかを明確にします。ゴールである「ビジョンが達成されている状態における企業の事業内容や事業ポートフォリオ、それぞれの事業規模、対象としている市場や顧客と提供価値」などを想定した上で、現状の既存事業が持続的な改善や漸進的な成長を積み重ねたとしても「埋められないギャップ」があれば、それこそが新規事業に取り組む意義です。

 コロナショックが拍車をかけた今のVUCA時代には、既存事業の成長だけで企業が継続的に発展していくことはほぼ不可能であり、ビジョンの達成も極めて困難です。仮に、既存事業の成長だけで達成可能なビジョンを策定していたら、それはビジョンの目線が低すぎる可能性があり、むしろ即座に見直す必要があるかもしれません。魅力的なビジョンが策定されていれば、必ず新規事業に取り組まなければならないギャップが見つかり、意義を見いだすことができるはずです。

 同時に、「なぜ今、このタイミングで新規事業に取り組むべきか」も合わせて明示することが重要です。新規事業に取り組む際には、中長期で資金も含めた経営資源を継続的に投資していく必要があり、本来は既存事業が順調で企業に余裕がある時に着手することが望ましいからです。既存事業の収益基盤が揺らいで、企業全体として危機的な状態に陥っているタイミングでは、必要な規模の投資や事業開発を進めることは難しいため、もしその決断をする場合はなおのこと丁寧な説明が必要になります。

 イノベーション創出支援を専門とするコンサルティングファームである米イノサイト社のマネージング・パートナーであるスコット・D・アンソニー氏は、「必要に迫られる前に革新せよ、イノベーションの緊急性とイノベーション実施の能力は、逆相関の関係にある」と指摘しています。

 つまり、イノベーションの緊急性が高まれば高まるほど、イノベーションを実施するための能力は低下してしまうということです。

 私も会社員時代に、経営危機下の社内で新規事業を担当するチームのメンバーだった経験があります。しかし、本業である既存事業の財務状況を好転させないことには、そもそも新規事業開発を行うための原資がほぼ捻出できません。ジリ貧でリソースが枯渇した状態のまま取り組んだものの、そのような状況では目先の売り上げや利益を作ることが最優先になりがちです。組織やチームの状態も悪く、中長期の目線で継続的に投資を行うことなどできるはずがありません。

 結局は、既存事業に毛が生えたような延長線上の新ビジネスや、既存事業と非常に近しい周辺領域で小さく戦わざるを得ませんでした。最終的にこの企業は立ち直ることができず、経営破綻して民事再生になりました。不適切なタイミングで無理に新規事業への投資を行うことは、企業全体の経営状態をさらに悪化させ、存続すら危ぶまれる事態を招きかねません。

 時には新規事業への投資はしばらく凍結し、既存事業の立て直しや成長に全力を注ぐ決断も必要です。だからこそ、なぜ今、このタイミングで新規事業に取り組むべきかという意義を見いだすことが重要なのです。

既存事業の干渉を受けない新規事業への投資原資を確保する

 今取り組む意義を明確にしたら、自社における既存事業と新規事業のそれぞれにどのようなバランスで投資するかを検討します。その上で、既存事業の業績や状況に左右されずに中長期で新規事業に投資していくために、新規事業への投資のための原資は既存事業向けのものと明確に切り分け、影響を受けない形で確保する必要があります。

 ここで大切なことは、自社の保有する経営資源と置かれている環境を十分に考慮することと、新規事業に対して取り組むと決めたならば、中長期での投資を続けられるだけの原資や人的リソースを確保することです。

(この記事は、書籍『イノベーションの再現性を高める 新規事業開発マネジメント ――不確実性をコントロールする戦略・組織・実行』の一部を再構成したものです)

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