新規事業開発のようなリスクと難度が高い挑戦には、誰もが心理的なハードルやストレス、プレッシャーを抱きがちです。多大な労力や時間、そして金銭面以外も含めてさまざまなコストがかかります。成果が出ずに失敗したら、会社からネガティブな評価を受ける可能性もあるなど、多くのデメリットが想定されます。

 心理学的にも、人間はポジティブなものを得ようとする力より、「ネガティブなものを避けようとする力」のほうが強く働く傾向があります。そこで、まずはネガティブなものを可能な限り低減することが重要です。

 例えば、新規事業開発に取り組むための会社からの支援やバックアップの体制が整っている。既存の業務時間内から稼働を捻出しても、上司や経営層が前向きに理解してくれる。壁打ちや相談の相手になってくれるサポーターがいる。失敗してもプロセスを評価し、成果だけでネガティブな評価やキャリアへの影響がないと約束されている。新規事業に適したKPIや評価指標によって正しく評価される――など、環境を整えることで挑戦することへのコストやリスク、デメリットを下げるアプローチが必要になります。

 ただし、コストやリスク、デメリットがなければおのずと挑戦するようになるかというと、それだけでは不十分です。リスクを取って挑戦することへの期待値や報酬・メリットを高めることで、動機づけを強化していく必要があります。

 こうした報酬やメリットを用意して、コストとデメリットを上回るように配慮された設計が不可欠です。どのような報酬やメリットが動機づけになり得るかは、人材の志向性や価値観によるところが大きいので、多様な人材に対応できるように多角的に検討することが重要です。特に、活躍するイノベーター人材には金銭的報酬よりも感情的報酬を重視するタイプが多い傾向があることを念頭に置きましょう。また、外発的要因による動機づけは長続きしないことも多く、報酬やメリットが過剰になると過保護や甘えを誘引し、挑戦の質を低下させる危険性もあるため、バランスを見ながら設計することが重要です。

 これまでに説明したステップを通じて、新規事業開発を再現性高く実行し続けられる先進的企業への組織変革を目指します。

 また、これからの時代の経営においては、イノベーター人材に選ばれ続ける企業でなければ、先進的企業としての優位性を長く維持することはできません。中長期的な目線に立つと、企 業としてイノベーター人材を採用・獲得していく活動の重要性が今後さらに増していくでしょう。すでに活躍しているイノベーター人材の採用や、人材やチームの獲得を主目的としたM&Aや出資・提携の検討はもちろん、未来のイノベーター候補人材を採用・育成することも欠かせません。

 また、一度その力を発揮したイノベーター人材を短期間の活躍で終わらせないことも重要です。一定の成果を上げた事業リーダーをある程度軌道に乗ったタイミングやジョブローテーションの時期で異動させた結果、業績が悪化してしまったということが多々あります。事業リーダーの能力が競争優位性に占める割合が大きい場合や、展開する事業や市場において求められるものと適合性が高い場合は、既存の制度にとらわれずに長期政権を可能にするため、異動させないという選択肢も取り得る状態にしておくことが必要です。

 最近では、カーブアウトにも多様な取り組みが出てきています。パナソニックはVCのスクラムベンチャーズとの合弁会社である「BeeEdge」を設立し、パナソニックの社内で事業化できなかったアイデアや技術を持つ人材を社長に据え、パナソニックの子会社ではない形で独立性と自由度の高いカーブアウトによる起業を可能にしています。

 その他にも、筆者も在籍していたDeNAは「デライト・ベンチャーズ」というベンチャービルダーを組成し、社員のカーブアウトによる起業を促進する活動を始めました。従来のカーブアウトのような大半の株式を親会社が保有する形式ではなく、マイノリティー投資で支援することで、本来ならば起業家として流出していた層の人材との関係性を維持・強化できる点が特徴的です。このように、多様なイノベーター人材に対応するために、企業もさまざまなオプションを用意しなければならない時代になりつつあります。

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