上述のサイクルを継続するのに重要なのが、組織の「制度や構造」と「文化」です。組織におけるハードとソフトとも言い換えられるでしょう。この双方がそろって初めて、継続的なサイクルを生み出し定着させることにつながります。

 制度とは、例えば新規事業創出プログラムや社内ベンチャー制度などが該当します。他に優れた事例では、米グーグルが「Gmail」などの新規事業を生み出した「20%ルール」などもあります。グーグル社員は業務時間内の20%は既存業務以外の自由な研究や探索、新規事業の検討などの活動に充ててよいというルールで、これがGmailをはじめとしたさまざまな新規事業を創り上げてきました。

 構造とは、例えば新規事業開発のために既存事業とは異なる組織体として「特区」や「新規事業専門の組織や子会社」などをつくることです。既存事業を担う組織とは異なる制度やルール、評価指標などの下で組織運営を行うなど、構造を整えるケースが該当します。

 注意しなければならないのは、これらの制度や構造改革は「手段であって目的ではない」という点です。あくまでもインキュベーション戦略に基づき、IRMを適切に実施し、挑戦を継続していくために用いられるべき手段であり、その手段を導入したことに満足してしまい、目的を果たせないのでは元も子もありません。目的を果たすには前述したように組織文化というソフトと一緒に定着させることが不可欠になります。

 では、新規事業開発を継続する組織に必要な文化とはどのようなものでしょうか。筆者は、「新規事業などのリスクが高い挑戦に対して称賛や応援が自然ともたらされる社内文化」だと考えています。少なくとも頭ごなしに否定されたり、批判されたりすることがない文化です。

 これは、近年注目を集めている「心理的安全性」が担保されている状態に近いかもしれません。心理的安全性とは、ハーバード大学のエイミー・C・エドモンドソン教授によって用いられた言葉で、次のように説明されます。

 「もしリスクを取ったとしても(対人関係上の亀裂や破壊が起こらず)安全であると共有された信 念 」( “A shared belief held by members of a team that the team is safe for interpersonal risk taking.”)

 つまり、組織内でリスクをはらんだ言動をしても問題がないであろうことを、組織に属するメンバーが感じられている状態を指しています。「心理的安全性」が近年注目を集める背景には、グーグルが2016年に発表した生産性に関する研究結果があります。同社が自社の数百に及ぶチームを分析し、どのようなチームがより生産性が高い働き方をしているかを調査した結果、心理的安全性がチームの効果性に最も重要な影響を与えていることが分かったのです。

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 前述した「グーグルの20%ルール」のような制度(ハード)だけでなく、心理的安全性が担保されている文化(ソフト)が組み合わさって、初めて新規事業開発などのイノベーティブな活動に取り組み続けるサイクルを生み出すことができるのです。

 そのためには、IRMの実践によって企業が一部のイノベーター人材と良好な関係性を構築するだけでなく、経営トップがあらゆる挑戦を奨励し、応援する姿勢を発信して組織全体に波及させ、定着させようとリーダーシップを発揮しなければなりません。

 挑戦をいとわない企業文化を組織全体へと定着させるために最も重要なことは、「挑戦することに対する期待値や報酬・メリット>挑戦することに対するコストやリスク、デメリット」が成り立つ状態をつくることだと筆者は考えます。