適切な撤退基準と丁寧な対話から納得感のある撤退であると判断できる状態をつくり上げた後は、新規事業開発チームが挑戦したことで得られた示唆や知見・ノウハウを組織全体として蓄積し、体系化・形式知化することが重要です。目的は、他の今後のチームの新規事業開発に生かすことです。

イノベーター人材とチームのメンバーが、新規事業開発のプロセスに取り組む過程で、どのような課題や困難にぶつかり、それを乗り越えるためにどのような試行錯誤をしてきたのか。課題を解決するための施策や打ち手としてどのようなものを実施し、成果はどうだったのか。その結果から得られた示唆や学びはどのようなものだったのか――。
このような貴重な経験やデータを、プロジェクトチームが解散するたびに雲散霧消させていたのでは、組織として再現性の高い新規事業開発を何度も行うことはできなくなります。次の新規事業開発に生かせる知見やノウハウとして体系化・形式知化してこそ、次の挑戦者がしなくてもよい失敗を避けられ、より良い事業開発や支援となるため、IRM(イノベーター・リレーションシップ・マネジメント)の精度も上がり、事業の成功確率が高まるからです。
例えば、筆者が支援する大手IT企業では、過去の新規事業開発における各プロジェクトチームの取り組みの成果やデータをすべて一元的にIRM実践主体となる組織で集約し、それらを整理して誰でもアクセスして活用できる形にしています。これが新しいプロジェクトチームを支援する仕組みとなり、新規事業開発能力を組織全体として高めることに成功しています。
企業内で蓄積すべき新規事業開発の知見やノウハウは大きく2つに分かれます。1つ目は、どの企業にも共通して適用できる汎用性の高いもの。2つ目は、その企業内においてのみ有効な汎用性の低いものです。企業内新規事業の現場では、後者が重要になるケースも多く見られます。前者は外部の企業や専門家などから獲得できますが、後者は意識して自社で蓄積していくことでしか体系化や形式知化が進まないからです。これは大きな組織であればあるほど、その傾向が顕著です。
例えば、ある大手アパレル企業は既存のブランドを毀損しないように、自社の社名やブランド名を伏せたままスピーディーに新規事業に取り組む運営スキームや、パートナー企業との連携パターンを体系化しました。これにより新規事業を量産できる体制を構築しています。
次の挑戦につながるサイクルを生み、挑戦しやすい組織文化と構造をつくる
これまで解説してきた取り組みは、一過性で終わらせずに継続するサイクルを生み出し、質の高い挑戦を量産し続ける組織文化や構造として定着させる必要があります。IRMの考え方を前提として自社におけるイノベーター人材の要件を定義し、発掘してプロジェクトチームに配置し、イノベーター人材の能力を最大限発揮させるよう支援し、育成・活躍を促す。そして客観的で適切な基準に基づいて撤退を判断し、再挑戦を促しながら、成功確率を高めるための知見やノウハウを蓄積し、体系化する。この一連の流れをサイクル化する必要があります。
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