企業内の新規事業開発では、会社全体のインキュベーション戦略との整合性を意識しながらも、限られた経営資源を最適に分配していく必要があります。

 そこで、成功確度や成長への期待値が低い事業は「適切に見極めて早めに撤退し、浮いた経営資源や蓄積された経験やノウハウを、より期待値が高い新規事業や次なる挑戦に積極的に投下していく」ことが不可欠になります。それこそが良質な挑戦の量産を促す「健全な多産多死」の実現につながります。

 この健全な多産多死を実現するには資金や設備・システムなどのハード面での経営資源も必要ですが、それ以上に「撤退することになった新規事業を経験してきたイノベーター人材やチーム、そこに蓄積された経験やノウハウなどのソフト面での経営資源」こそが重要です。そのソフト面の貴重な資産を最適な形で生かすためにも、「客観性があり納得感がある明確な撤退基準」を定義することが極めて重要になります。

 裏を返せば、それができない企業では撤退や失敗によって得られた経営資源が生かされず、次の良質な挑戦につながらないため、新規事業開発の取り組みが停滞・鈍化していく「不健全な多産多死」になってしまうのです。

 では、健全な多産多死を実現するための「客観性・納得感がある明確な撤退基準」について詳細を解説します。

 大半が失敗や撤退になる新規事業開発において継続的に良質な挑戦を量産していくためには、撤退になった事業を担当していたリーダーであるイノベーター人材やプロジェクトメンバーが「撤退するという会社の意思決定に対して納得できるようにすること」が何よりも大切です。筆者自身も経験がありますが、特定の上司や役員などの「主観的な判断・基準」が撤退を決めてしまうケースでは、チームは納得感を持つことができず、会社に対する不信感が募り、「この会社にいても挑戦を続けることはできないのでは」と絶望感を覚えます。次の挑戦に対する意欲がそがれ、最悪の場合だと独立・転職といった人材流出につながるリスクが高まります。

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 しかしながら、「客観的に明示された判断基準」に基づいて撤退が検討・決定され、かつ「丁寧な説明や対話」を通じて納得感を醸成することができると、撤退という決断に悔しさや喪失感は残ったとしても、「 何が足りなかったのか」「どうすればより良い事業開発ができたのか」といった前向きな反省や振り返りが生まれます。イノベーター人材たちの学びや示唆を得る成長につながり、それを次の挑戦に生かす意欲にもなり得るのです。

 熱意や志を持って新規事業開発に向き合ってきた責任感のあるメンバーほど思い入れが強く、これまで費やしてきた時間や労力、資金といったサンクコスト(撤退・中止で戻ってこない埋没費用)が頭をよぎり、なかなか冷静な判断ができないケースが大半です。だからこそ、会社として「客観性のある明確な撤退基準」をあらかじめ設定しておき、「 丁寧な説明や対話」を通じて伝えることで納得感を醸成する必要があります。