プロの指導を安価で提供
ふと彼は「こうしたトレーニングを事業にしてしまう会社があってもいいのではないか」と思い立つのである。思い立ったら一直線な性格であるため、グリーティングワークスの経営は右腕の社員に任せて、新しいビジネスに向かい始めた。「やらなければいけない」と火がつくと、安定を放り出して挑戦に向かってしまう、気持ちのいい男だ。
「キャリアの溝をつくらず、シームレスに基礎体力づくりを支援して、人間力を高められるような教育を提供しよう」という思いから、ジュニアアスリートを個別指導するアスリートワークスを創業した。

ジュニアアスリートの指導というとハードルが高いイメージがあるかもしれない。だが、アスリートワークスの提供するプログラムの基本料金は、税込み1万7600円(月4回/1回あたり55分、セミナー月1回)。最大6人グループでトレーニングを受ける体制にすることで、業界平均に比べて4分の1から半額程度という安価な料金設定を実現し、門戸を広げている。
特徴的なのは、そのカリキュラムだ。「心・技・体」を軸に、オリジナルの「ヘキサゴン・プログラム」を開発。柔軟性・スピード・パワー・バランス。その上で心と技術を加えた6項目をバランス良く育成することを目指している。野球の場合、投げ方や打ち方、走り方は、基礎トレーニングによって育まれた体に支えられる。さらに、大成する選手になるには、技や体の土台となるメンタルが欠かせない。これら「心・技・体」それぞれの面で、プロから指導を受けられる環境を用意している。
「技」は、野球独立リーグのチーム「06BULLS(ゼロロクブルズ)」と提携し、元プロ選手の指導者やプロ志望の選手が野球教室を開催するなど直々に指導を行う。「体」は、プロ選手のトレーニング経験を持つ一流のパーソナルトレーナーが担当し、故障しない体づくりをサポート。そして「心」の面では、甲子園出場常連校の監督やコーチが講演に訪れて心持ちを説く機会も設ける。ほかにも、食生活指導や見据えるべき高校3年間の目標設定などの観点からサポートする。
「空白地帯」であったサービスゆえ、現在まで広告なし・口コミのみで生徒もトレーナーも順調に集まり、「アスリートワークスで肩を並べた仲間どうしが、甲子園で対戦」という熱い場面も繰り広げられている。
見据えるのは、1教室の規模拡大よりも全国各地への拠点展開だ。小さくとも全国に拠点が構えられれば、スポーツ選手のセカンドキャリア問題の解決にも寄与できる。
スポーツ選手のセカンドキャリア問題は昔から存在したが、いまだに十分に解決しているとは言い難い。プロ野球選手として活躍した経歴があれば、その後は解説者やタレントといった道も広がるかもしれない。だが、マイナースポーツであったり、大学、社会人あたりまでスポーツに熱中し、引退後に一般社会で働こうとしたりするアスリートに、社会はまだまだ冷たい。彼は、トレーニング施設を全国展開することで、「プロになる夢はかなえられなかったが、スポーツに携わる仕事をしたい」思いを持つ人を、トレーナーとして育てようとしている。
アスリートのセカンドキャリア問題さえもこの事業の中で解決を図ろうとする彼は、ビジョンを話すときにやはりいつも涙を流す。美しいその涙を見る度に、この事業は、ぜひとも成功してほしいと思うのである。
彼のところに仲間がたくさん集まってくるのは、掲げているビジョンが共感を集めやすいものであることはもちろんのこと、彼の人間性に寄せられる信頼も大きいように思う。起業家というと、クセが強い、ギラギラしている、人の言うことを聞けない偏屈、といった傾向があるだろう。けれど、彼はそういったタイプではなくて、優しい空気感をまとった、ニコニコしている「いいおっちゃん」なのだ。
それでいて、とても熱い心の持ち主である。事業に懸ける思いなど、自分が譲れないものに関しては、決して理想を曲げない強さを持っている。後悔をそのままにせず、ウミガメのように涙を流し、次世代のために自分の経験を生かす姿が魅力的な起業家だ。
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