彼と初めて会ったのは、10年ほど前だろうか。ある日、会食を終えて家に帰ろうとしていると、知り合いの起業家から一本の電話が入った。内容は「谷井さん、今どこに居てるんですか? 一緒に飲みましょうよ」というもので、何人かの起業家が集まって飲んでいるようだ。場所は大阪の繁華街として知られるキタやミナミでもなく、店は高級料亭でもない。大阪市内なのにディープで田舎っぽさも残る九条にある立ち飲み屋だった。当時、九条に住んでいた僕は「帰りにちょっと顔出すわ」と答えて、そのお店に向かった。

(写真:的野弘路)
(写真:的野弘路)

 彼らが飲んでいた「マルホ酒店」という酒屋さんが営む立ち飲み屋、いわゆる角打ちは、国道沿いにポツンとたたずんでいた。お店の前に着くと、半分閉まっているシャッターから光が漏れて、わいわい声が聞こえてくる。中に入ると、知り合いの起業家たちがそろって飲んでおり、すでに酔い潰れているヤツもいた。

 到着して早々、知り合いの起業家が「谷井さん、すごいヤツがおるんですよ」と一人の若者を紹介してきた。初対面ながら、一目見たときから「ひときわ異彩を放っているヤツ」と感じた。仕事を通してたくさんの人に会ってきたが、「一度会ったら忘れられないタイプ」の人間に、時折出会う。一本芯が通っていて、話の内容に具体性がある。あるいは聞いている側を納得させてひき付ける力を持った人間だ。まさに、彼がそうだった。彼の名前は、上野公嗣。僕は「こいつは成功する男やな」と思った。

 上野くんの声はとにかく大きく、よく響き渡る。そして、初対面などお構いなしにこちらに絡んできて、肩を抱いてくる。「おいおい、なんやこいつは」と思ったものだが、彼はずっと大声でくだらない話をしながらも、熱い思いを語っているじゃないか。何を語っているのだろうかと思い耳を傾けると、「働くママが活躍できる社会をつくるんだ」と息巻いている。社会課題を解決するだけの具体的なビジネスモデルがあったわけではなく、むちゃくちゃだったけれど、その視点と情熱が面白い。

 もともとユニ・チャームに勤めていた上野くんは、社内でママ人材の活躍を目の当たりにしてきた。子育てしながら働くママを応援しようと、彼が2012年に立ち上げたのが、現在のBABY JOB(大阪市)の前身であるSSM(同)だ。ちなみにSSMはSuper Strong Motherの略で、非常にストレートなネーミングの会社だ。当時は待機児童問題が現在より深刻だったため、子どもを預かることでママが活躍できる環境をつくろうと、SSMは大阪市内に保育園を展開していっている時期だった。

 しかし、保育園を運営する中で、上野くんは壁にぶつかっていた。「保育園に子どもを預けに来るママたちが、すでに疲れ切ってヘトヘトなんだ」という。「子どもを預かるだけでは、ママの活躍を応援することができていない。何か、他の観点からサポートできないだろうか」と、ああでもない、こうでもないと悩みながら彼は話し続けていた。

 それから付き合いがあったわけではなく、ときどき顔を合わしては挨拶を交わすくらいだった。

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