「ちくしょー! 俺はもうけてんねんぞ」と思うと同時に、彼自身も周りの話を聞いて気付いてしまった。他の起業家たちは皆、ビジョンや志を当然のように持っている一方で、自分は何も持っていないことに。ただ数字を上げるだけではなく、自分の会社が世の中に対してどういった役割を担っているのか、世の中や取引先、顧客に対してどういった価値を提供しようとしているのかを、しっかり語れない自分自身が悔しかった。
愕然(がくぜん)として「俺は、何のためにビジネスをしているんだろう」と考え直した彼は、現状に満足せずにもっと事業を成長させると決めた。世の中に名入れができる対象はたくさんあるからこそ、カレンダーにとどまらず、事業領域を広げることに。オリジナルタオルや名入れうちわなど、取扱商品を拡大した。

19年8月には、社名をレスタスに変更。ミッションを「レスタスクによって、『らしさ』をより多くの人へ届ける。」とした。社名とミッションには、世の中の無駄なタスクを一掃するという決意が込められている。
受発注管理システムの刷新にも着手、内製で独自開発した。このシステムが圧倒的な業務効率化を実現し、社名を体現するかのようなシステムに進化、収益性の高い事業としてレスタスを飛躍させた。
独自開発の受発注管理システムは、受発注に関する全ての機能が搭載されたクラウド型のシステムだ。ダッシュボードや顧客マスター、問い合わせメッセージ機能、受発注管理、入金管理、印刷などの工程管理、出荷までを一元管理できるシステムだ。デイリーの売上額やその推移、伸長率などがグラフ化されて表示される統計データ機能も搭載している。さらには集客メールなどのMA(マーケティングオートメーション)機能も備え、注文の流入経路なども一覧で管理されている。また、注文者、レスタス、サプライヤーがこのシステムを利用し、3者で工程管理を共有することも可能だ。
刷新したこのシステムにより、煩雑な受発注業務は自動化された。数万件の注文があるのに、現在たったの5、6人でさばいているというから驚きだ。注文から印刷・納品までが他社に比べて圧倒的にスピーディーだという。
楽天や米アマゾン・ドット・コムなどのプラットフォームでは全て自動での名入れ印刷に対応できないという。注文受付サイトを各社が自前で構築しなければならず、注文以降のやり取りはメールなどのアナログ対応が一般的だ。そのため、サプライヤーなどから「このシステムを提供してほしい」という声もあるという。
社名変更のタイミングで、「個性を讃(たた)え、世界を前へ」というビジョンも制定した。「企業名は、さまざまな想いを込めて考えた、“自分たちらしさ”の原点。だからこそ、名前が吹き込まれたカスタムオーダーメード品は、想いがカタチになったような自信を与えてくれて、その自信が事業を前進させる強い力になる」という思いからだ。あらゆる事業、あらゆる人の「らしさ」に自信を届けて、その個性を讃えたいという芯が、ようやく真ん中に通った。
彼はいつも、持ち前の話術で大きな夢を語る。実は、名入れカレンダーの市場規模は600億~700億円あるといわれており、誰もが「やめておけ」と止めた業界は、誰もやっていない、とてつもなく大きなブルーオーシャンだったんだ、と。
また、名入れ事業で獲得したノウハウを活用して次に狙う、ギフト市場は9兆円だという。情熱的な彼のプレゼンを聞くと、多くの投資家が心を動かされ、夢を託したくなる。20年6月には、総額約10億円の資金調達に成功した。当時、まだ関西では2桁億円の資金調達をする会社は見聞きしたことがなかったため、おそらく彼が先駆者だろう。そして22年12月にもさらに総額約10億円を調達している。
大手ECが参入しない、「名入れ」市場で一点突破してきた彼が、次に見据えるのはアジア市場だ。世界に類を見ないオーダーメードのオペレーション自動化システムを確立できている自信があるからこそ、10年後にはアジアナンバーワンになり、世界で名をはせる企業になることを目指している。
もうあの頃の、現状に満足している彼はいない。しっかりとした芯を持って、ギラギラとした瞳で未来を見据えている。一点突破で関西から世界へ、さらなる活躍が楽しみだ。
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