「コロナの封じ込め」で消えた政府批判

 感染者が出たマンションの封鎖や、早朝や深夜のPCR検査を快く思っているわけではないが、「ほかに封じ込める方法がないのだから仕方がない」と思っていた人が多かったのも事実であり、強硬なゼロコロナへの中国国民の支持は、こちらが驚くほど高かった。

 当時、ある地方の教師が語った言葉がとくに印象に残った。

 この教師はこれまで政府に対してかなり批判的な考え方を持っていた。現在でも、内輪の席では「中国共産党は大嫌いだ」と口にする。だが、政府のコロナ対策について尋ねると、意外な答えが返ってきた。

 「私は授業で学生たちに、中国のコロナ対策が成功しているから、今、私たちはこうして対面授業ができる、と話しています。世界では対面授業ができない国がまだたくさんあります。それに比べたら私たちは幸せ。対面授業ができるのは中国政府のおかげです。この点だけは率直に認めなければなりません」

 このように、これまで習近平政権に批判的だった人たちが、コロナの封じ込めを機に次々と政府批判をやめるようになり、「我々はこの政府についていくしかない。この政権でよかった」という心境に変わっていった。別のある男性は「コロナという未曽有の危機があったからこそ、習政権は延命できた。コロナを踏み台として、政権基盤が強固になった」とまで話していた。

 だが、政権の厳しすぎるやり方に疑問の声がないわけではなかった。ある男性は、欧米で感染者が爆発的に増えるのを尻目に、これまで母国の対策を誇らしく思ってきたが、母親がコロナ以外の病気で入院したのをきっかけに、心境の変化が生じた。

 「ゼロコロナ対策により、助かるはずの病気で命を落とした人が多い。なぜそこまで厳しくする必要があるのかと、政府の政策に初めて疑問を感じるようになりました。ひとごとではなく自分ごととなったときに初めてゼロコロナの厳しさ、無慈悲を痛感したのです」

 これまで政府に対する批判があまり表面化しなかった背景には、もちろん情報統制も関係している。

 「自分たちもSNS(交流サイト)など、目立つところに(不満や批判を)書かないだけ。批判を口にすれば刑事罰を科せられるなど、自分が損をするし、必ず痛い目に遭うとわかっているからです。でも、友人の間では内心、否定的な意見を持つ人も少なくありません。大きな声でいわないだけで、否定派が中国に存在しないわけではありません」と強調した知り合いもいた。

 しかし、2022年になり、オミクロン型による感染が急拡大し、5月上旬の段階で、上海など20以上の都市がロックダウンされている。経済的な影響も深刻になっている。

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