サウナは思索の時間を生む

浅田氏:そうですね。こうやってそこにある「正体」を見極めないといけない。それをサウナの中で考えればいいんじゃないかな。そういう意味では、サウナブームは世の中が良い方向に向かっているしるしでもあると思う。

自覚しているかはともかく、仕事などに追われる日常の不自然さを様々な人が感じている。

浅田氏:情報だらけの世の中で、今は自分が見たくない、聞きたくない情報だって嫌でも入ってきてしまう。自分がパソコンやスマートフォンを見ないようにしたって、隣のやつがスマホを見ていれば落ち着かないのは同じ。それはもう不自然な状態ですよね。皆オフィスにいながら、自分が森の中を歩いている感じとか、小川のほとりにたたずんでいる感じに憧れを抱くのだろうと思います。そんな気持ちがサウナに足を運ばせるわけです。

日常に「思いふける」時間がほしい。

浅田氏:そう、思索の時間がなくなったんだよ。スマホがその方向性を決定づけた。まだパソコンとかガラケーの時代はこんなに情報過多ではなかった。掌中の「箱」に操られた状態で思索なんてできるわけない。物を考える隙間の時間がないんだから。人は情報を得ることが思索だと勘違いしている。情報は一過性のものでたまっていかない。蓄積して初めて知識になり、それが知性につながる。IT社会は思索を奪い、すぐに「ググって」結論だけをつかませる。

 昔、週刊誌に本を逆さまにすると欄外に答えが書いてあるクイズがよくあったんだけどね。ググることは最初から本を逆さまにして答えを見てしまっているということだから。面白くもなんともないはずだよね。人間は考えるところに面白さを発見するのであって結論を知ることが必ずしも目的ではない。でも思索の時間をスマホに埋められてしまった。人間の知的世界を全部乗っ取られたわけだ。

あるべき「余白」を埋められてしまったわけですね。

浅田氏:昔、映画とかで未来社会のロボットが人間の生活を脅かして世界を奪ってしまう、みたいなストーリーはよくあったでしょう。そのロボットの見た目って大体凶悪そうだったけど、結局僕らが手にしているあいつらはそうじゃない。軽くて薄っぺらくて。

何なら人を助けよう、というような顔をしてやってきています。

浅田氏:でも実は、もう乗っ取られているんだな。かくいう僕も捨てられない。

スマホも持ち込めず、ある種余白のようなものを強制的につくってくれるのがサウナだということですね。

浅田氏:その結論でいいんじゃないでしょうか。ささやかな自然回帰をしに、みんなでサウナに行きましょう。僕は引退。もうサウニストとして極めましたから。ガラス窓の外から後輩たちの姿を見て、時には指導したいと思っています。

 独自に発展してきた日本のサウナは、現代の「茶室」に置き換えられるかもしれない。

 質素な部屋の中で、心の「余白」を生み出し、自然や精神の変化を楽しむ──。それが茶道だ。そこには、自分と向き合うだけでなく、他人を慈しむ精神も含まれている。元来中国の禅の思想から生まれたとされるが、日本の伝統文化に発展し、心地よい空間を演出してきた。

 デジタル化の大きな波にのみ込まれる現代において、老若男女がサウナに集うのは、体をリフレッシュさせたいという理知的なものだけではない。サウナを通じて人とつながり、時を忘れて自分と向き合いたいという心持ちが、サウナへ向かわせるのだろう。

 浅田次郎氏は、「スマートフォンに奪われた思索に費やせる時間の『余白』を強制的につくってくれるのがサウナ」と語った。自宅にサウナを設置したZホールディングスの川邊健太郎社長を筆頭に、変化の激しいIT業界の経営者やビジネスパーソンがサウナを求めるのは必然なのかもしれない。

スマートフォンの普及で、人々は思索の時間を奪われた(写真:PIXTA)
スマートフォンの普及で、人々は思索の時間を奪われた(写真:PIXTA)

 かつて戦国武将の豊臣秀吉は、「茶人」であった千利休を重用し、茶室の中で政(まつりごと)の相談をしていたとされる。

 パナソニック創業者の松下幸之助は、茶室で自ら抹茶をたて、心を整えていたという。重要な経営判断の際には茶室で自問自答したという経営者も多い。

 明治期の思想家で美術史家の岡倉天心は、欧米諸国へ茶道の良さを伝える名著「茶の本」でこう記している。「真の美は、不完全なものを前にして、それを心の中で完全なものに仕上げようとする精神の動きにこそ見いだされる」。形そのものではなく、それを求める過程こそ美しいというのだ。

 新型コロナウイルス禍は人々を孤立させ、グローバル化が進んでいた世界を分断させた。そんな中、サウナに集まる人は若者を中心に増えている。ブームに乗っかり、初めてサウナに行った人も多いに違いない。「何か新しいことをやってみよう」。そう思い、行動すること自体が、天心の言葉を借りれば「美しい」のだ。

 先の見えないVUCA(ブーカ=変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)の時代に、新たなビジネスのアイデアは欠かせない。茶道から「サ道」へ。サウナは、日本社会が必要とする美しい「余白」を取り戻す可能性を秘める。

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2022.5.17更新

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