空前のブームの一端を解き明かす特集連載「現代の茶室、サウナ」。今回の主役は岩手県一関市にある、とある施設だ。市内では一、二を争う規模を誇る宴会場が収益の柱だったが、新型コロナウイルス禍で売り上げは急減。「このままではすぐにつぶれてしまう」。コロナ禍直前に経営を引き継ぐも、すぐに未曽有の危機に襲われた4代目社長は、常連客の間でひそかに人気を集めていた超高温な「アレ」に復活の願いを込めた――。
■連載予定 ※内容は予告なく変更する場合があります
(1)コロナ禍で苦境の宴会場、「オマケ」のサウナに集う若者が救う(今回)
(2)「ととのう」って何?今どきのサウナ事情
(3)バスにテント、「SaaS」でサウナもモバイルの時代
(4)クラフトビール片手にDJ、熱波師が舞う、これが日本の個性派サウナだ
(5)ジンズは本社にサウナ、ビジネスを研ぎ澄ますサウナ5つの効能
(6)サウナは街おこしの起爆剤、地方経済は「ととのう」か
(7)「サウナ大国」フィンランドの文化に学ぶ(フィンランド紀行1)
(8)営業利益率26% サウナストーブ世界首位企業の実力(フィンランド紀行2)
(9)フィンランドのサウナストーブ世界首位「ハルビア」CEOインタビュー
(10)憧れの自宅サウナ、実際の費用はおいくら?
(11)Zホールディングス川邊健太郎社長インタビュー「あなたはサウナなしで生きていけるほど幸せか」
(12)おじさんの憩いの場、新橋「アスティル」の今
(13)サウナ付きホテルの雄ドーミーイン、「宿泊外」にこそ商機あり
(14)日本のサウナ業界の先導役METOSが説く「文化が市場をつくる」
(15)サウニスト・小説家 浅田次郎氏インタビュー「サウナは人生の『余白』をつくってくれる」
4月上旬、記者は仙台市と盛岡市のちょうど中間あたりに位置し、東北新幹線も停車する一ノ関駅に降り立った。駅舎の上に「『世界遺産』浄土の風薫る“平泉”」と掲げられているように、平安時代末期に奥州藤原氏の本拠地があったことで有名な平泉町などと隣接する一関市。由緒正しき街ではあるものの、人口は終戦直後をピークに減少を続け、今や高齢化率が4割に迫る。駅前は人通りもまばらで、なんとも寂しげだ。

駅前からタクシーに乗り10分ほどたつと、東北自動車道・一関インターチェンジが見えてくる。そのほど近くが今回の目的地だ。名前は「古戦場」。掲げられた看板には「お風呂」「お食事」との文字がある。はたから見れば、なんてことはない少し古びた健康センターにしか見えないが、施設の前にある駐車場には車があふれ、地元の「平泉ナンバー」に交じり、仙台や八戸(青森県)、さらには横浜、川口(埼玉県)など県外ナンバーを付けた車も目立つ。ただ、遡ること2年前、この知る人ぞ知る人気の施設は危機のまっただ中にいた。
1951年、古戦場を運営する古戦場商事(岩手県一関市)は精肉店として創業した。社名は当時の店舗の立地が平安時代の「前九年の役」の古戦場と近かったことに由来しているという。その後、肉料理を売りにしたレストランを数軒立ち上げた後、バブル期の86年、当時の健康ランドブームに乗っかる形で現在の古戦場は生まれた。
そんな経緯から、古戦場は温浴施設だけでなく、食事どころや一関市内でも一、二を争う規模を誇る宴会場を併設。収益の8~9割はこうした飲食部門が稼ぎ出していた。それだけに2年前、突如世界中を襲った新型コロナウイルス禍は、宴会場を営業自粛に追い込むなど、経営に大きなダメージを与える。「私の代でつぶれる」。2019年12月に先代である父から経営を引き継いだばかりだった浅野裕美社長は諦めにも似た危機感を覚えた。
古戦場の休業日は年間で大みそかの1日のみ。休むことを知らなかった浅野社長を、開店休業状態は悶悶(もんもん)とさせる。そんな日々が続いていた20年9月、温浴施設の売り上げはコロナ禍でも全く落ち込んでいないことに気づく。開業当初は入浴目的の客も多かったが、いつしか健康ランドブームは過ぎ去り、客数は減少。露天風呂もメンテナンスの難しさなどから廃止するなど「立派でも何でもない施設」(浅野社長)。いつしか社内で温浴施設は宴会客や食事客向けの「オマケ」という位置付けとなっていたにもかかわらずだ。人気が底堅い理由がわからない浅野社長が常連客によく訪れる理由を聞いてみると、こんな声が寄せられた。
「サウナが熱いのがいいんだよ」
古戦場の大浴場に備えられたサウナは8人ほどしか入れない小型のものではあるが、室内の温度は100度超まで上昇する。地元ではその「超ストロングスタイル」のサウナがひそかに人気を呼んでおり、古戦場の客足を支えていた。浅野社長は幼少期から、古戦場の大浴場に入ったことすらほとんどなく、当然サウナの魅力なんてわかっていなかった。常連客がそんなに言うなら、とサウナに入ってみたが、「灼熱(しゃくねつ)地獄」(浅野社長)でやはりその良さがわからない。
それでも、復活の足がかりとなり得るのはサウナしかない。その魅力を学ぼうと、19年に放映された、サウナを題材にしたテレビドラマ「サ道」を動画配信サイトで一気見した。サウナ室に入った後、水風呂につかり、外気浴で落ち着くというサウナの楽しみ方をドラマを通して知り、改めて入浴してみると「気持ちいいかもしれない」。一気にサウナのとりこになった。これは反転攻勢の鍵になるかもしれない――。そう感じた浅野社長のその後の行動は早かった。
まず取りかかったのは熱源となるサウナストーブの改造だ。
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