朗らかに正論を語るお子さんとどう向き合いますか?

 思いのほかご高評をいただいた本連載、今シーズンの最終回は、英国に留学してきた女子大生のソツロンです(本連載、筆者は匿名で全員が違う学生さんです。わかりにくくてすみません)。

 学生ボランティアとして国際平和活動に携わってきた彼女に当初感じた率直な印象は、「真っ正面から正論」を語る爽やかさでした。そして聞いている自分の耳が世間の垢に塞がれて、正論がすっと耳に入らないようになっていることも気づかされました。彼女自身「なぜ、正しいこと(平和維持の重要さ)を話しても、耳を傾けてもらえないのだろう」と悩んでいました。3カ月の留学は、そんな彼女の意識をどう変えたでしょうか。(担当編集Y)

 「コロナ禍の最中に、海外留学に行く?」
 「しかもよりによって英国?」

 世界中の人々と、日本にいてもオンラインで繋がることができるのに、なぜ実際に現地に行くのでしょう。その意義は何なのでしょうか。

 私は、2021年9月から12月まで3カ月間、英国のオックスフォードに留学していました。

 コロナ禍の時期に海外留学に出るための様々な問題や苦労については、3月10日公開の「コロナ禍の中で留学は無謀!? 大学生の右往左往」で、糸さんが詳しく書かれています。私は、あえてこの時期に海外に行って、自分が気がついたことを書いてみたいと思います。皆さんのお役に立つかどうかはわかりませんが、どうぞよろしくお願いいたします。

「日本人」への薄い反応

 オックスフォードは、「学生の街」と呼ばれ、映画「ハリーポッター」シリーズの舞台としてもたびたび撮影されている、英国ではロンドンと並ぶ観光地でもあります。

 「日本人が海外に行くとどう見られるのか」

 渡航前に、自分が気になっていたのはこれです。
 私の両親からは、「日本人は喜ばれる」と言われていました。日本人ということ自体にブランドがある、と。

 「Youは何しに日本へ?」(テレビ東京系)をご存じでしょうか。多くの外国人が「日本は素晴らしい! だからこの国にやってきた」と語る番組で、中高生時代の私自身も「日本は世界で一目置かれている国」と思っていました。

 しかし、現地の大学で日本出身であることを伝えた際の反応は、私が予想していたものとは異なっていて、「興味を示されるわけでもなければ、嫌われるわけでもない」という、とても微妙なものでした。

 実際に友人たちに「私が日本人であることについてどう思う?」と聞いてみると、「そもそも、その質問の意味があまりわからない」という答えが返ってきます。

 「たしかに最初に国籍を聞いたけど、あれは中国人か日本人かが判断できなくて、国籍を間違えるのは失礼だと思ったからだよ」

 こう言ってくれた友人は、英国生まれですが、イスラム教徒であるため、ヒジャブをかぶっています。彼女の見た目は、日本人が想像しがちな、いわゆる「英国人」ではありません。

 「あなたは、なぜ私と友達になろうと思ったの? 私がイスラム教徒だって話したときに、友達をやめようって思った?」

 「あなたの誰とでも分け隔てなく接しようとする明るい性格が大好きだからだよ! やめようなんて思ったことはもちろんないよ」

 「そういうことだよ」

 彼女の締めに「そのとおりだな」としか思えませんでした。

 出会った人々の中に、「○○人は、」という主語を使う人がいなかったわけではありません。それでも、「国籍は大切なアイデンティティー」。けれども、「その人個人のすべてを決めるようなものではない」ということを、聞けばはっきり答えてくれた。これは、とても新鮮な感覚でした。

「日本らしい」ってなんだろう?

 国籍と個人を同一視しない、と言いつつも、それぞれの国が持っている独自の文化には普通に興味が湧きます。皆さんは「日本文化」と聞いて、何を思い浮かべるでしょうか?

 私は、「折り紙とかお箸とかを持っていったら喜ばれるかな」と思っていました。

 ある日、授業が終わったところで、私は自己紹介の一環として、同じ授業で仲良くなった友人たちに折り紙とお箸を見せてみました。反応は?

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