社会へと巣立つ子どもと何を話そうか

 日経ビジネス電子版の読者の皆さんは、お子さんがそろそろ社会に出ようという方も多いでしょう。息子さん、娘さんとは、日ごろお話をされているでしょうか。小学校時代ならいざ知らず、高校、大学ともなってくると、それぞれ自分の世界を持つようになり、親との会話は二の次、三の次になりがちです。それはとてもよいことだと思います。

 一方、親の方からすると「社会に出て親元を離れる前に、伝えておきたいことがある」と思いながら、照れくささやきっかけのなさから、なかなか話しかけられなかったりするのではないでしょうか。そしてふと、自分の親が「そういえば何か言いたげだった」ことを思い出して、あれはそういうことだったのか! と気がつくこともありますよね。

 この連載では、就職活動に臨む大学3年生、社会に出る直前の4年生の有志に、「自分が最近体験して思うこと」「改めて自分自身を見つめて思うこと」を、書きつづってもらいました。掲載に至るまでにはオンラインでのネタ出しから始まって、出稿、指導、リライト、ダメ出しを繰り返し、半年がかかっています。「なにも書く事なんてない」と思っていた彼ら彼女らが、指導の先生、そしてオヤジ代表の私との対話を通して、自分の中に潜んでいた体験の価値に気づいていく様子は、なかなか感動的でありました。そして、思うことや事実を箇条書きにしただけだった文章が、次第に、自らの親への卒論とも言える文章になっていきました。

 今回この企画を立ち上げたのは「大学生に、他人に読ませる文章を書く体験をさせたい」とある先生からご相談を受けたことがきっかけです。「日経ビジネス電子版」にしてはビジネスに役立つ視点が少ない、と思われるかもしれませんが、親離れする時期を迎えたお子さんとの会話のとっかかりにでもなれば幸甚です。どうぞ温かい目でお読みください。(担当編集Y)

オランダ、アムステルダムの風景です。
オランダ、アムステルダムの風景です。

 皆さま、初めまして。ある国立大学4年の糸と申します。
 コロナ禍の最中、1年間の留学に出て、オランダのライデンで生活しております。

 日本の大学生で海外留学に出ている人数は、約11万人(大学生全体の約4%)。
 これは10年前と比べると2.4倍、1980年代と比較すると約7倍に伸びています。私の通っている大学もそうなのですが、海外留学の制度が、大学が生き残りを図る手段の一つになったこともあって、もう特別なことではなくなりました。

 つまり、読者の皆さまのお子さんが「大学に入ったら、そこから海外で勉強したい」と言い出す可能性はどんどん高くなっています。
 そして、「我が子に海外での経験をさせたい」とお考えの方も多いと思います。

 その際に、どんなことが課題になり、どんなことに気をつければいいのでしょうか。

 拙い文章ではありますが、自分の体験をお話しさせていただきます。将来、お子さんが「留学したい!!」と言い出した時に何かのお役に立てればと思います。しばらく、お付き合いください。

両親の願いから中学で英国留学

 かく言う私は、神奈川県の家庭に一人娘として生まれ育ちました。3歳の頃からバレエを始め、ピアノ、水泳、和太鼓と、小中学生の頃は週の半分を習い事に費やしていました。両親とも海外旅行が好きで、物心がついた頃からゴールデンウィークや長期休みを利用して世界の様々な国に連れて行ってもらいました。もともと、「色々な体験を子どもにさせたい」と思っていたようです。

 初めて外国へ行ったのは5歳の時、母の趣味で韓国へ。母は幼い私も楽しめるようにとテーマパークやスケート場も旅行プランに入れてくれました。その後の海外旅行も、両親はどの国へ行ってもテーマパークだけは付き合ってくれました。

 母は乗り物にすぐ酔うため、テーマパークでは父と私の2人でジェットコースターに飽きるほど乗りました。いつもベンチで待っていてくれた母。テーマパークに行ってもほとんど見ているだけなのです。今思い出しても申しわけなさ、そして、母の愛を感じます。

 さて、私が海外留学に興味を持った直接のきっかけは父です。父は英語の教師をしていました。私が中学2年生の時、「英語の面白さに触れる機会を持たせたい」「日本と違う文化や、考え方が異なる人々に触れてほしい」と、英語圏への短期留学を勧めてきました。

 公立の中学校でローカルに生きていた当時の私は、ぽかんとしました。
 今までは両親と一緒に行くから安心だったのですが、1人で長期間行くことになる、大丈夫なのか…?

 当時の私は英検で言うと準2級を取って、「それなりに」英語はできると自負していました。でも、英語のテストを解くのと実際にそれをネイティブに対して使うことは全く違う、ということくらいは分かります。見ず知らずの相手と英語を使って意思疎通できる自信は正直、ありません。

 でも、父はノリノリで都内の留学エージェンシーに私を連れて行き「米国は治安が心配だから、それ以外の英語圏の中から選びなさい」と。

 私が選んだのは英国。当時私が夢中になっていた5人組ボーカルグループ「ONE DIRECTION」のメンバーたちの出身地だからという、ただそれだけの理由で、中学2年生の夏、2週間の語学留学に行くことになりました。

 よく分からないまま父に背中を押されて行った英国留学でしたが、ここで予想だにしないことが起きました。「これまで生きてきた中で一番楽しい!」と現地で感じたのです。

 めちゃくちゃな英語で話しても理解してくれるホストファミリー、優しい学校の先生。そして、韓国人と中国人の友達ができました。私にとって初めての外国人の友達です。留学中、ロシア人のグループに「アジア人は英語ができないから」と冷たく接されて悔しい思いもしましたが、そんなことよりも、いろんな国籍の友達ができたことに興奮し、自分の拙い英語が彼女らに伝わったことが自信につながりました。

 こうして気づけば海外に行きたい病に。それまで以上に外国語や異国の文化への興味も高くなりました。つまり、父の狙いにまんまとハマったのです。

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