『日経ビジネス』は経営者を中心に優れたリーダーの決断や哲学、生き方に迫る多数の記事を掲載してきた。その中から編集部おすすめの記事をセレクトして復刻する。第9回は「やってみなはれ」で知られるサントリーの佐治信忠氏の経営に迫った2002年の記事を取り上げる。

(注)記事中の役職、略歴は掲載当時のものです。

2002年6月10日号 より

2世の気負いと無縁な「ヒゲのジュニア」は、あくまで自然体。自らの進路を、常にサントリーの将来像と重ね合わせてきた。独自の嗅覚でかぎ取った国際化と多角化の課題実現へ、今攻め込む。

佐治信忠(さじ・のぶただ)氏
佐治信忠(さじ・のぶただ)氏
1945年、兵庫県川西市生まれ、56歳。慶応義塾大学を卒業後、渡米。71年米カリフォルニア大学大学院を卒業。ソニー商事を経て、74年サントリー入社。79年サントリーインターナショナル社長。82年サントリー取締役、常務、専務、副社長を経て、2001年3月社長就任。2002年3月から会長兼務。(写真:長谷 亨)

 「やってみなはれ」。サントリーの起業家精神を象徴する言葉としてあまりにも有名だ。「ビール事業に参入する時、じいさんがオヤジに言った言葉。いい言葉だと思う」。こう語るのは、昨年3月、いとこの鳥井信一郎から経営のバトンを受け継いだサントリー4代目社長の佐治信忠(56歳)。「じいさん」とは創業者の故鳥井信治郎、「オヤジ」は1999年に亡くなった佐治敬三である。

 佐治信忠には「やってみなはれ」以外にも、無意識のうちに使うフレーズがある。「アカンかったら、しゃーない(仕方ない)」。例えば、こんな具合だ。「社員から『この商品を出したい』という熱意が感じられれば、納得できなくてもゴーサインを出す。やらなければ結果は分からないし、やってみてアカンかったら、しゃーない」。

悲壮感のない一生懸命さ

 佐治が経営者としてこの言葉を最初に使った場所は米国だ。79年、サントリーの米国法人、サントリーインターナショナルの社長に就任した直後のこと。「ウイスキー(をやってみた)がアカンのやからしゃーない。『ミドリ』を売ろう」。この言葉が、行き詰まっていたサントリーの海外事業に風穴を開けた。

 サントリーは「オールド」や「ローヤル」などを引っ提げて62年、米国に進出する。それから17年経った79年になっても、米国でのウイスキー販売量は、年間1000ケースに届かない。完全に閉塞状況に陥っていた。

 そこで佐治は、この年から販売を始めたメロンリキュールのミドリに注目。ウイスキーに投入していた販売原資を、そっくりミドリに充てる決断を下した。この時の様子を、米国で佐治と机を並べていた現常務の古平昭信が明かす。「現地の先輩たちは、ミドリへの資金シフトに反対していた」。

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