「10年持つ事業はない」

飯島延浩(中央)は経営学者ピーター・ドラッカー(左下)から直接、薫陶を受けた。「弟子」の1人を自任している
飯島延浩(中央)は経営学者ピーター・ドラッカー(左下)から直接、薫陶を受けた。「弟子」の1人を自任している

 では、経営者としての鞄には何が入っているのか。

 生まれは41年。時間を惜しんで働き続けた父・藤十郎は多忙を極め、あまり自宅で顔を合わせることがなかった。長じて一橋大学に進み、産業革命期の英国・ニューカッスルで栄えた石炭産業の盛衰について学んだ。

 「その頃は日本中で新しい事業をみんな始めた。産業革命期の英国は、戦後の日本と同じだと思った」

 ニューカッスルの炭鉱の強みは、港に近く海路で石炭を運べたことだ。いち早く海運の体制を構築して物流コストで内陸部の炭鉱を圧倒し、寡占体制を敷いた。しかしやがて内陸部の炭鉱は水路を引いて対抗し、ニューカッスルの寡占は崩れていく。さらに時代が下って蒸気機関が発明されると、水路に頼っていた炭鉱は鉄道への乗り換えに遅れ、やはり駆逐されていってしまった。

 寡占体制を形成できた要因は新たな技術。しかし寡占体制が崩壊した要因もまた、技術だった。

 父・藤十郎の事業と重なって見えた。米飯からパン食へと日本人のライフスタイルが変化していく中で、製パン業界は急成長を続けていた。そんな時代の雰囲気を物語る一葉の写真がある。中堅社員を集めた研修で、熱弁を振るう父・藤十郎。その背後の垂れ幕には、黒々とした墨文字で「為さずば、帰らず、食べず、眠らない」とある。日本中が成長を謳歌するような時代、しかし学生だった飯島が見据えていたのは、そうした不眠不休の努力によって形成された寡占がいずれ崩壊する姿だった。

 従業員が「眠らずに」努力しても、イノベーションが起こって競争の次元が変われば駆逐される。社長に就任した当時、既にパン事業は国内で圧倒的なシェアを握りつつあった。これに頼り続けては、いずれ別のイノベーターに駆逐されてしまうのではないか。

 飯島が出した答えは、自らがイノベーターとなり、「過去の山崎製パン」を駆逐する道だった。社長就任後、コンビニ「ヤマザキデイリーストアー」事業、冷凍生地を使ったベーカリー喫茶「ヴィ・ド・フランス」事業など既存事業以外の領域に次々と手を広げた。近年では東ハトや不二家に資本参加するなど製菓事業にも力を入れる。

 山崎製パンが独自配送にこだわる原点も、飯島が学生時代に立てた「寡占崩壊論」の仮説にある。英国の石炭産業の命運は、海路、水路、鉄道と時代の趨勢とともにパラダイムが移り変わった「物流」が握っていた。飲料や食品メーカーの多くが、コンビニなど流通業界の共同配送に組み込まれ、物流の主導権を奪われる中、飯島は独自配送を手離そうとしなかった。

 飯島が手にする2つの鞄。一方には「聖書」が、もう一方には経営に関する様々な情報を書き込んだ厚手の「大学ノート」が入っている。つまり、信仰と理性。信仰では見通せない経営の未来は理性で見据え、理性で打ち勝てないものと対峙する時には信仰に力を得る。

 その両立が奇異にも見えるのは、飯島が住む国がこの日本だからなのかも知れない。飯島は、親交のあった経営学の泰斗、故ピーター・ドラッカーに、経営の体験を土台に据えた聖書の解釈を披露したことがある。ドラッカーは大いに関心を示し「それは必ず日本で出版なさい」と助言したという。

 「欧米では当たり前なんだよ。土台として(キリスト教の精神風土を)社会全体が共有しているんだから」

 信仰の情熱に覆われた先にある、冷徹な理性。

 「どんな事業でもね、10年は持たないよ」

 そう語る時の目に、信仰を語る時の陶然はない。

=敬称略

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