『日経ビジネス』は経営者を中心に優れたリーダーの決断や哲学、生き方に迫る多数の記事を掲載してきた。その中から編集部おすすめの記事をセレクトして復刻する。第4回は「製パン王」として強烈な存在感を示してきた山崎製パンの飯島延浩氏に迫った2011年の記事を取り上げる。

(注)記事中の役職、略歴は掲載当時のものです。

2011年7月4日号 より

30年以上業界に君臨する「製パン王」は、敬虔なキリスト教信者でもあった。「神」しか映らぬ目、聞く人を戸惑わせる信仰の言葉。しかし情熱的な宗教家の顔の下に、したたかな経営者の顔を覗かせる。

(写真:的野 弘路)
(写真:的野 弘路)

 日本の「主食」は、もうコメではない。

 小麦だ。既にコメの消費量をパンや麺の消費量は上回っている。小麦から作られる菓子なども加えればさらに大きな差になるだろう。

 その主食の原料である輸入小麦のうち、およそ1割を、ある1社が加工していることはあまり知られていない。

 製パン最大手の山崎製パンがそれだ。連結売上高は9282億円、業界2位以下10社の売上高をすべて足しても及ばない。戦後に立ち上がった「パン食」市場の競争を勝ち抜いた業界のガリバーであり、小麦を日本人の「主食」に転じた立役者でもある。

 その圧倒的な力を背景に、独自の経営を貫く。商品は小売りチェーンの物流センターに納品せず、自社トラックで全国のコンビニエンスストアやスーパーマーケットの店舗にまで自力で配送する。原料の小麦が値上がりすれば、「粉が値上げしているのに我々だけ我慢しろというのはおかしい」と業界に先駆けて値上げを決める。不二家や東ハトなど、製菓業界にも手を伸ばす。

 日本の「主食」を握るその巨大企業は、32年間にもわたって同じ男に率いられている。飯島延浩、69歳。日本パン工業会の会長も務め業界を牛耳るこの重鎮には、しかし意外な一面がある。キリスト者としての顔だ。

 飯島は鞄を2つ持っている。

 その一方を持って、日曜日、妻・紀子とともに自宅のある千葉県市川市から東京都三鷹市の教会にまで足を運ぶ。午前9時、礼拝堂と別にある個室のソファには、既に30人弱の信徒たちが腰掛けて待っている。飯島は茶色い皮製の鞄から数枚の紙を取り出すと、ワープロ打ちされたその文書を音読し始める。

 「主イエス・キリストとともに生命の道を歩む…」

 飯島が主宰する聖書の勉強会だ。毎回、1時間弱の時間をかけ、時に企業経営の体験を交えながら飯島流の解釈で聖書の言葉を語っていく。1992年から始め、既に400回を数えている。

 なぜ自宅から離れた三鷹の教会なのか。理由がある。

 住宅地のバス通り沿いに建てられたこの教会のホームページには、沿革として次のように書かれている。

 「1995年11月、神の奇しいお導きにより…新会堂が与えられ、移転いたしました」

 「神の奇しいお導き」としか触れられていないその実態は、山崎製パンを創業した飯島一族の寄付行為だ。

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