『日経ビジネス』は経営者を中心に優れたリーダーの決断や哲学、生き方に迫る多数の記事を掲載してきた。その中から編集部おすすめの記事をセレクトして復刻する。第8回はうどん専門店「丸亀製麺」を展開するトリドールの粟田貴也氏に迫った2010年の記事を取り上げる。

(注)記事中の役職、略歴は掲載当時のものです。

2010年9月6日号より

日本最大のうどん専門店「丸亀製麺」を全国に約300店展開する。これまで鳥インフルエンザなど、数多の逆風を乗り越えてきた。自分に正直に謙虚に、しかし諦めず。強さと穏やかさを併せ持つ。

「工場を持って人を減らす」というチェーン展開はしたくないという粟田貴也社長(写真:山田 哲也)
「工場を持って人を減らす」というチェーン展開はしたくないという粟田貴也社長(写真:山田 哲也)
PROFILE

粟田 貴也[あわた・たかや]氏
1961年10月生まれ。兵庫県出身。神戸市外国語大学中退。佐川急便の配達員として、起業のための資金を蓄える。85年、個人事業として「トリドール 3番館」を出店。90年トリドールコーポレーションを設立、95年、株式会社化し、現在のトリドールとなる。2006年東京証券取引所マザーズに上場、2008年東京証券取引所第1部に上場。

 店内に一歩入ると三角巾を着け、白い仕事着を着用した女性たちの元気な声が耳に届く。大なべからは湯気が立ち上り、次々とうどんが茹で上がる。

 うどん専門店「丸亀製麺」の自慢は、店舗でうどんから作り、調理しているところだ。冷凍うどんは一切使わない。毎朝粉から製麺している。うどんだけでなく、てんぷらもできるだけ揚げたてを提供する。

 効率性を重視するチェーン店でありながら、手間ひまをかける。相反するはずの2つの要素を、バランスを取りながら実践してみせる。この丸亀製麺という店舗は創業者、粟田貴也の人となりをそのまま表しているようだ。

 粟田が丸亀製麺を展開するトリドールの前身となる飲食店を始めたのは、今から25年前の1985年のこと。それ以来、粟田は大胆さと謙虚さという、2つの顔をうまく駆使しながら、ビジネスを軌道に乗せた。トリドールの2010年3月期の売上高は389億2900万円で前期比59%増、営業利益は48億2300万円で同70%増。快走を続けている。売上高はこの5年で5倍近く伸びた。

 年間の出店数は今、100店を超える。現在の丸亀製麺の店舗数は約300店。2008年は店舗数が100店舗だったが、店舗を倍々で増やすという荒業をやってのけた。2009年にセルフうどん専門店最大手の座を「はなまるうどん」から奪い取った。攻めの姿勢そのものだ。

 こう書くと、恐らく粟田に対して、創業者独特のすごみを持った近寄りがたい人物という印象を持つかもしれない。だが実際に粟田と接すると、それは見事に裏切られる。粟田は笑みを絶やすことはない。そしてこんなことを言う。

 「うちなんてまだまだですから。トップを行っている吉野家さんやワタミさんの後をどうにかついていきたい、と思っているだけです」

 大胆な経営戦略を打ち立てながら、あくまで謙虚。粟田のこんな姿勢は、これまでの経営危機を幾度となく乗り越えさせる力にもなった。

幼い頃から成功祈る

 粟田が「何かで成功したい」と起業家精神を持つようになったのは10代の頃である。早くに父親を亡くし、女手一つで育てられた。決して裕福と言える環境ではなかった。将来必ず成功してみせる。こんな思いは年月を経て、強い信念へと変わっていった。粟田は自らのことを「成長の虫に取りつかれている」と表現する。

 とにかく何かを始めたい。そんな思いから大学は夜間に入り、昼間はアルバイトに明け暮れた。しかし理想と現実には大きな壁があった。

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