このタイミングをストリンガーは見逃さなかった。2002年末にモトーラの退任を決めると同時に、アンドリュー・ラックを後釜に据えた。ラックはゼネラル・エレクトリック(GE)傘下のNBC元社長で、GEのCEOだったジャック・ウェルチに高く評価されていた人物。ストリンガーが最初に就職した米CBSでドキュメンタリー番組を作っていた時代の部下でもあった。

 「ハワードとは長年にわたって気心の知れた仲だ。私がチャレンジを好むのを知っていて、声をかけてくれた」。2003年の取材時にラックはこう語った。ラックは短期間に音楽事業の社員の約3分の1に当たる1000人を削減し、年間4億ドル(約420億円)のコスト削減を実行した。

 ラックに限らず、ストリンガーは自分を支える経営幹部を社外から続々と引き抜いてきた。CFO兼CSOのウィゼンサールは、スイスの投資銀行、クレディ・スイス・ファースト・ボストンの出身だ。投資銀行時代にソニーを担当しており、その能力を見込んだストリンガーにスカウトされた。

 ウィゼンサールは、ストリンガーの進めるリストラとM&A(企業の合併・買収)戦略の要になった。ソニーが独メディア大手のベルテルスマン傘下のBMGと音楽事業を統合する際に計画を作り、昨年9月にMGMを買収する時にも資金調達の方法や買収提案と実際の交渉を手がけた。

 映画事業では、70代と高齢だったキャリーが2003年10月にトップを退くと、ストリンガーは、後任に米出版大手や米ウォルト・ディズニー傘下の映画スタジオのトップと、タイム・ワーナーの副社長を経験したマイケル・リントンをスカウトした。「リントンはデジタル時代のコンテンツ戦略を考えるうえで最適の経験があった。ジグソーパズルの最後の1個だった」。

 こうしてストリンガーは、自ら望む経営チームを作り上げた。リントンの入社後、ストリンガーは映画事業で、MGMの買収に動いた。2年以上前から狙っていたが、資金繰りのメドがつかず、なかなか実行に移せないでいた。そこでウィゼンサールが48億5000万ドル(約5090億円)のうち、ソニーの負担を2億8000万ドル(約294億円)に抑え、残りは投資家グループが負担するというスキームを考え出した。

 買収後、ストリンガーはやはり経営効率を高めた。MGMが過去に制作した4000本の映画のDVD化やテレビ会社への販売をソニーが一手に引き受けることで、1400人のMGM社員を半分程度に減らすことが可能になった。

経歴に華やかさと泥臭さ

 新CEOとしてストリンガーに最も期待されているのは、米国で実行したような大胆なリストラを日本で実行することだ。「これまでソニーの日本におけるリストラは、日産自動車のような抜本的なものではなかった。何をすべきかは明らかだ」。昨年12月のインタビューの時点で、ストリンガーは日本国内における大規模なリストラの必要性を認識していた。

 しかし米国だけで完結しない「世界のソニー」のトップとして本当にストリンガーは実力を発揮できるのか。これまでは日本に出井という良き理解者がいたからこそ、活躍しやすかった。

 ストリンガーの経歴は、なかなか華やかだ。「サー」というナイトの称号を持ち、英国のエリートが学ぶパブリックスクールを卒業し、オックスフォード大学で現代史の修士号を取得した。

 しかし、そんな貴族的なエリートのイメージとは程遠いタフネスを持つ。

 ウェールズの都市カーディフの労働者階級の生まれで、ロンドンから北に80マイルの小さな街にあるパブリックスクールのオウンドル校には、奨学金をもらって通った。

 大学卒業後の1965年に就職難の英国を去り、テレビの先進国だった米国の放送局で働くことを夢見て渡米した。だが、6週間で当時存在していた米国の徴兵制度の対象となり、ベトナム戦争に従軍させられることになる。2年の兵役を無事に勤め上げ勲章をもらって米国に戻ってから、ようやく念願かなってCBSに入社した。

 CBSではドキュメンタリー番組の制作で瞬く間に頭角を現していく。ベトナムのボート難民やパレスチナ難民、アイルランドのテロなど取材自体が難しい社会的なテーマが多かった。ストリンガーは人気キャスター、ダン・ラザーの番組のプロデューサーを経て、順調に出世の階段を上った。

 実はストリンガーのリストラ手腕はソニーで初めて発揮されたわけではない。CBSの報道部門の社長時代に部門社員の2割に当たる200人以上を削減したことがあった。

 リストラの一方で、ストリンガーには新しいものに挑むチャレンジ精神もある。ソニーに移る直前の2年間は、CBSを辞めて常時接続のインターネットでテレビ番組を放映するベンチャー企業のCEOを務めていた。ハードとコンテンツを融合したサービスだったが、時期尚早で失敗した。

 それから約10年。「エンターテインメントとエレクトロニクスを“統合”するのが、ソニーでの私の役目だ」と言い切る。熱い思いを世界のソニーのトップとして具現化できた時、話題の人事は真に注目すべき人事になる。

=文中敬称略

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