守旧派に問う「改革か死か」

 一方で、ソニーを変革することの難しさについてもはっきりと認識していた。「日本には頑固な守旧派がいて猛烈な変化を拒んでいる。なぜなら彼らは今のままのソニーを愛しているからだ。彼らを敵対的と言うつもりはないが、会社の進むべき道ではない」。

 ソニーのCEOのいすに関心がなかったわけではないストリンガーだが、出井からの要請に即答はしなかった。

 ストリンガーは米国籍を保有しているものの、英ウェールズ生まれの英国人である。米国事業統括会社ソニー・コーポレーション・オブ・アメリカ(SCA)があるニューヨークに、いわば単身赴任の身。まず、飛行機で約6時間のロンドンに居を構える妻と娘に相談しなければならない。週末はロンドンで過ごすことも少なくない。

 「ソニーが好きなんでしょ。世界の人にここまで知られている会社はほかにはないわ。引き受けたら」。妻と娘は日本出張が増えて、家族の時間が少なくなることを承知で、ストリンガーの願いを認めてくれた。3月4日、ストリンガーは出井に引き受けることを伝えた。

 出井はストリンガーを新CEOに選んだ理由を本人に説明しなかったが、ストリンガー自身はこう考えている。

 「人員削減などのリストラを実行し、担当する北米のエレクトロニクス、映画、音楽の3事業すべてで利益を上げる体制を作ったからではないか」

 家族への愛と仕事への自信。ソニー初の外国人CEOになるストリンガーとは、どのような男なのだろうか。

 3月7日、東京都内のホテルで開かれたソニーの新経営体制発表会。会場を埋め尽くした報道陣の多くは、初めて見る、会長兼グループCEOになる身長2m近い大男が何を言い出すかを、固唾をのんで見守っていた。

 壇上のストリンガーは、ゆっくりとした口調で話し始めた。

 「私と中鉢(良治)さん、井原(勝美)さんの3人はみんな赤いネクタイをしています。まるで、スパイダーマンみたいな色のネクタイですね。全くの偶然ですが、お揃いなのはいい兆しだと思います。でも、毎日みんなが同じネクタイばかりというのはやめた方がいいと思いますが」

 この発言が同時通訳されると、ストリンガーの隣で緊張した面持ちで座っていた、新たに社長兼エレクトロニクス担当CEOになる中鉢、副社長兼グループCFO(最高財務責任者)を担う井原の顔から思わず笑みがこぼれた。

 どんな場面でも、柔和な笑顔とジョークを忘れないのがストリンガー流。話をしていると、何だか楽しい気持ちにさせられる人物だ。

 「ハワードは重苦しい会議でも、周囲の笑いを誘う一言で、場を和ませてくれる」。ストリンガーの部下としてソニーの米国におけるエレクトロニクス部門の社長兼COO(最高執行責任者)を務める小宮山英樹はこう話す。

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