今年5月には、こうした行動指針と政策提言をまとめ、緒方が国連事務総長のコフィ・アナンに提出した。

 このように緒方は難民が生まれた現場を歩く行動力だけでなく、難民を生まない世界に向けた展望を作る創造性も兼ね備えている。こうした緒方の卓越した能力を知っているからこそ、国内外のリーダーたちは緒方の声に耳を傾け、助けを求める。

 日本政府を見てもそうだ。アフガニスタン支援特別代表への就任だけでなく、2002年には外務大臣への就任要請までした。これまで外務省の官僚出身者が送り込まれてきたJICAの理事長職も、組織改革のために外務大臣の川口順子が緒方に頼んで実現した。

 この11月には、国連事務総長のアナンが安全保障理事会の改革のために諮問委員会を設け、そのメンバーの1人に緒方を選んだ。今年3月の米英のイラク攻撃を受けて、国連の安全保障理事会がうまく機能しなくなっている。そこで緒方をはじめとする有識者からなる諮問委員会で、これからの安全保障や国連の組織の在り方を練る。

 緒方は今の米国について、「(軍事力頼みからすぐに変わるか)難しい状況にあるが、米国はいろいろな議論を尽くして方向を決めて、力を発揮する国。これから国内で海外との協力についていろいろな意見が出てくるだろう」と、今後に期待を持ち続けている。

 様々な立場から緒方は日本の国際貢献に取り組むが、その形をどう変えていくのか。今後を示唆する言葉もいくつかある。

日本の貢献への再考と実行

 1つは市場経済の有効活用だ。1990年代の米国株式市場の活況やインターネットによるIT(情報技術)産業の拡大が示すように金融やハイテク技術の進歩で、世界各国に市場原理が持ち込まれ、経済は一気にグローバル化した。一方で強い企業や国家だけが富を得て、貧富の格差を広げて難民を生むことにもつながった。

 これからは「(途上国への)富の配分という点にも配慮しなくてはならない」と言う。経済の成長や資金の流れを、うまく途上国の発展に生かす仕組みが大切になる。

 例えばニューヨークや東京の株式や債券市場を通した途上国への資金調達の強化も課題の1つ。アフガニスタンやイラクなど特定の国や地域を対象にしたファンドや、社会整備に貢献する企業や組織への投資、さらに社会責任投資という手法などで現地の人々に役立つお金が向かえば効果は大きい。緒方は「そうした仕組みが大勢の支持を得られれば面白い」と言う。

 難民の援助や復興支援は、多額の資金がなくては進まないこともある。それだけに政府や国際機関による融資や寄付だけではなく、個人が投資家や債権者として国際援助に関わる「市民主導」の時代が来るかもしれない。

 もう1つは「日本が何のためにどんな国際貢献をするのか」について、明確な基準で運営していくことだ。

 今、日本は自衛隊のイラク派遣を計画している。ただ、政府には国際貢献を世界に訴えたい思いと、爆発事件が続くイラクで果たして自衛隊員の安全が守られるかどうかという不安が交錯している。

 91年の湾岸戦争の時には、日本政府は90億ドル(約1兆円)もの資金を出しながら、クウェートと米国をはじめ国際社会からはほとんど評価されなかった。だからこそ人を出して目に見える形で貢献を見せたい。

 一方で93年のカンボジア総選挙の際に、日本の文民警察官が現地でゲリラに殺される事件もあっただけに安全への心配も尽きない。

 緒方は一般論として、国際貢献のための派遣の基準は「自衛隊であれ、医療関係者であれ、あくまで必要とされる任務がそこにあるかどうかが優先」と言う。

 本当に現地が日本の貢献を求めているのであれば「危険なところでも、きちんと安全対策を考えたうえで送らなくてはならない。だから誰にでもできる仕事ではない」とも指摘する。

 緒方の意味するところは、相手の望むことに適切に対応してこそ貢献になるということだ。援助や貢献には、資金より人が大切といった優劣はない。むしろ危険が予想されても出向くのか。そうであれば、誰がどう任務に当たるかなど効果のある援助策を決めるためには「的を絞った議論が欠かせない」と強調する。

 経済力から技術力まで世界の中で日本が持つ力は大きい。緒方の考えはこれからJICAの人材派遣や技術協力に表れていくだろう。それが次第に人々の目に触れ、ひいては政府の方針や運営にも影響を与えるのは間違いない。結果として、海外からの日本への評価が高まれば、それは緒方が目指すように世界が平和に向かっている何よりの証拠になる。

=文中敬称略

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