このように素早い判断を下しながら、同時に長期的な支援姿勢を強めたのも注目すべき点だ。難民援助には、住まいや安全の確保、さらに食料や水の供給といった緊急の対応が求められる項目は多い。それに加えて難民を自国に戻し、定住したら、学校や診療所など社会生活の基盤を作るといった支援も欠かせない。さらには経済的な自立も最終目標に挙げられる。

 緒方はこうした長期的な課題に目を配り、粘り強く取り組んだ。例えば難民の自立を促す支援プロジェクトの1つに、96年からボスニア・ヘルツェゴビナで始めた女性向けの活動がある。

 農業や畜産、さらに縫製やコンピューター事業などを対象に、世界各国から資金と品物を集めて、現地の女性が手に職を持てるように協力する。毛糸で衣服を作ったり、窯で人形を焼いたりして売る様々な「商店」ができていった。人々が仕事を持てれば、地域社会の発展にも役立つ。地域社会が活性化し、人々の交流が進めば、例えばボスニアなら難民を生むきっかけとなった民族間の紛争も減る。経済的な自立は、難民を生まない社会作りにもつながる。

 もちろん文字通り長期間にわたって問題解決に当たることもある。

 2001年にアフガニスタン支援のために首相の特別代表になったのはその一例だろう。その年の9月の米国同時多発テロを受けて、米国がアフガニスタンを攻撃したために、同国の復興が世界の緊急課題となった。

 高等弁務官の仕事を終えたばかりの緒方が、特別代表の任を引き受けたのは「高等弁務官時代にアフガニスタンの難民問題についてかなりの努力をしたが、数百万人という大量の難民を残したまま辞めてしまった」との思いからだ。

 緒方は世界の国々からの復興支援の拠出金についてまとめたり、現地に赴き難民の帰還に努力したりした。「高等弁務官の時代ではできなかったことが、特別代表としてできた」と緒方は振り返る。多くの国々を回りながらも、一つひとつの国への愛情も忘れてはいない。

 さらに緒方の援助活動の結晶と言えるものもある。それは2001年から始めた「人間の安全保障委員会」の運営である。この委員会は、世界の市民の安全を保障するためには何が大切かという視点から、学者や企業経営者らが設立した組織だ。ノーベル経済学賞を受賞した英ケンブリッジ大学学長のアマルティア・センが、緒方とともに共同議長を務める。

市民主導の平和活動を提言

 それまで安全保障といえば、防衛力や戦闘力を基にあくまで「国家」が他国から自国を守るものと定義されていた。しかし今、国家が持つ防衛力や国家の安定は、必ずしもそこに住む市民の安全を保証しない。例えば、総書記・金正日が支配する北朝鮮という独裁国家を考えてみよう。国家の資金や組織が市民の安全や平和を守るために使われていない。

 民主主義の超大国である米国はどうか。緒方は今年3月の米国とイラクの戦争に触れ「米国が軍事力に頼るだけでは、問題は解決しない」と指摘する。米国の勝利宣言後も、イラクでは一般市民をはじめ、米国兵や国連職員らの死亡が増え、混乱は続く。国家の軍事力がいくら強大でも、それは必ずしも完全な平和をもたらさない。

 民族紛争が絶えないアフリカ諸国や中東地域も同様だ。多くの市民がごく普通に生活をしていても、突然の暴動や発砲がきっかけで自宅や家族などを失い、明日からの生活に困る場合が出てくる。安全を保証されない市民が世界で増えている。

 こうした状況に、緒方は守られるべき対象を「市民」にも広げた安全保障という考えを定着させようとしている。「今こそ世界は相互依存で成り立っていることを確認する時。人間と人間の理解と信頼を深めて平和という同じ目標に向かって進まなくてはならない」(緒方)と、安全保障を作るのは国だけではなく市民こそが主体になる時とも言う。

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