日頃から「中大型車はディーゼル」と持論をぶってきた福井としては、ここでハイブリッド車に傾斜するのは、「変節」と取られかねない。だが、そんなプライドを捨てて、環境イメージを奪還するために、社内では密かにハイブリッドのテコ入れを指示していた。

 その“斬り込み隊長”が日本で2月6日に発売する「新型インサイト」だ。この車種が持つ意味は、ホンダにとって大きい。ハイブリッド専用車として、プリウスと正面からぶつかるからだ。

 しかもホンダは、新型インサイトを皮切りに、ほぼ同じハイブリッドシステムを、スポーツカーの「CR-Z」や、フィットに搭載する予定だ。だからこそ福井にとって、新型インサイトは、「負けられない」クルマである。

 そんな福井の意気込みは、人事にも表れている。LPL(開発責任者)に抜擢されたのが、関康成だった。関はエンジン開発のプロで、CVCCや低公害エンジンなどホンダの環境関連の技術にずっと取り組んできた。2005年からは福井が当時、本命視していた低公害の「クリーンディーゼル」のエンジン開発に取り組んでいた。

デトロイトで披露した量産型の新型インサイトと開発者の関康成氏(写真:丸本  孝彦)
デトロイトで披露した量産型の新型インサイトと開発者の関康成氏(写真:丸本 孝彦)

 2006年1月16日。米ロサンゼルスに出張している間に、関の自宅にファクスで会議通知が届けられた。 

 ディーゼルではなく、別のクルマを開発してもらいたい―。トップの突然の方針転換に関は愕然とした。その日の夜に現地のメンバーと食事をすることになっていたが、何も喉を通らない。「社長はディーゼルで頑張るはずじゃなかったのか」。

「プリウス」と真っ向勝負

 それに通常、新型車の開発責任者は、車体設計の技術者が就任するのがホンダの伝統だ。「エンジン技術者の俺が選ばれるのは、どういうことか」。

 「これまでのホンダ車とは違う、全く新しいハイブリッド専用車を開発してほしい」。そう福井は考えていた。だからこそ、低燃費エンジンの高いハードルを何度も乗り越えてきた関に白羽の矢を立てた。

 プリウスと対抗する以上、台数を稼ぐ必要がある。福井は20万台売れなければ、量産効果が生まれず、手頃な価格を実現できないと考えていた。そこで関らには「ハイブリッド車は同型の普通乗用車からのコスト増分を20万円以内に抑えてほしい」と厳命した。

 コスト削減のカギとなるのは、ハイブリッドの中核システムであるモーターとバッテリーだ。まずモーターでは、生産設備を担当するホンダエンジニアリングの技術者と議論を繰り返して、シビックハイブリッドの場合の3倍のスピードで銅線を巻ける装置を開発した。また、バッテリーの性能を向上させることによって、搭載スペースや重量の削減に取り組んだ。関は持ち前の粘り腰で、コスト削減の高いハードルを乗り越えていった。

 福井は新型インサイトに強い関心を持ち、現場に何度も足を運んだ。「初号機」と呼ばれる最初の試作車ができた翌日に試乗するなど、通常のクルマ開発でトップが足を運ぶ回数の3倍以上の頻度で、乗り心地を確かめた。

 「コストは大事だが、そのためにみすぼらしいクルマになっていないか」「次の時代のスタンダードを作ってくれよ」。期待のこもった言葉を開発チームにかけ続けた。

 「新型インサイトは、1970年代のCVCCを積んだシビックに匹敵するインパクトになる」

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