それに福井には、「ホンダは環境分野だけは絶対に負けられない」という強い思いがある。

 振り返ってみれば、ホンダが過去に大きな危機を乗り越えられたのは、低燃費や低公害を実現する独創的な技術を開発してきたからだ。

 石油ショックが起きる前年の72年に開発した低公害の「CVCC(複合渦流調整燃焼方式)」エンジンは、シビックが爆発的にヒットする決め手となった。89年の「VTEC(可変バルブタイミング・リフト機構)」エンジンも、環境対応と、低燃費を両立した技術の代表例で、環境に強いホンダというブランドイメージを作った。

 福井自身の技術者としての原点も、69年に入社した直後から開発に取り組んだ、初代のCVCCエンジンにある。世界一厳しく、合格するのは不可能とされた米カリフォルニア州の排ガス規制のマスキー法を初めてクリアしたエンジンだった。福井は、排ガス試験のために、米ミシガン州にある米環境保護局(EPA)に何度も通った。

 当時は排ガス規制をクリアすることで頭がいっぱいだったが、エンジンの試験終了後、検査官に「コングラチュレーション(おめでとう)」と言われたのは、低公害であることよりも燃費が抜群であることだったという。

 「やっぱり乗り物で大事なのは、燃費なんだ」。この時の体験は福井の脳裏に強烈に焼きついている。何よりも燃費にこだわるホンダの姿勢は、環境に強いブランドイメージを作った。それがホンダが米国社会で受け入れられた理由だと今でも信じている。

奪われた環境トップの地位

 ところが、その「環境ブランド」のお株をトヨタ自動車に奪われつつある。それが我慢ならない。福井は自他共に認める負けず嫌い。「レースだけでなく、すべてにおいて負けたくない」とはっきり言う。

トヨタの後塵を拝す
トヨタの後塵を拝す
環境ブランド指数ランキング(2008年) 出所:日経BP環境経営フォーラム「第9回 環境ブランド調査」

 もちろん、大企業のトップとして競合他社の名前を挙げるのは努めて控えるようにしている。だが、言葉の端々から視線の先にトヨタがあるのは、伝わってくる。

 「なぜホンダが環境イメージで負けているのか。理由は1つしかない。ハイブリッド専用車をたくさん作って売っている会社があるからだ。(世界で100万台以上販売した)『プリウス』によって、米国人の見方が劇的に変わった。我々はある時期までハイブリッド専用車を本格的にやらなかった。その点は、素直に反省する必要がある」

 ホンダもハイブリッド車の開発に注力してこなかったわけではない。99年に発売したハイブリッド専用車の初代「インサイト」は、ガソリン1リットル当たり35kmという低燃費を実現した。だが、2ドアで実用性に乏しく、ニッチ市場向けのクルマの域を出なかった。燃費という「数値」にはこだわったものの、プリウスと比べて、量産車種として育てていこうという意識が欠けていた点は否めない。

 そこには技術動向の読み違いもあった。福井は中大型車向けでは低公害のディーゼル車を本命視してきた。モーターと内燃機関の両方を搭載するハイブリッド車は、重量が重くなるので、究極的には非効率と考えていた。一方、欧州を中心に普及が進むディーゼルは技術的な改善の余地が大きく、環境対応の量販車として有望だと見ていた。

 だが、ディーゼルを取り巻く環境はその後、変わっていく。「燃料となる軽油価格が高騰してガソリン並みになったうえに、低公害対策の要となる希少金属の価格が上がり、コストメリットが以前よりも薄れた」(技術開発を担当する専務の加藤正彰)。

技術開発担当の加藤正彰専務とハイブリッド車「CR-Z」コンセプト(写真:陶山  勉)
技術開発担当の加藤正彰専務とハイブリッド車「CR-Z」コンセプト(写真:陶山 勉)

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