本田宗一郎が見せた優しさ

 福井が創業者に怒られている様子をそばで見ていたのが、当時ホンダ・レーシングの取締役だった秋鹿方彦だ。10年以上前にホンダを退職したが、今でもその場面を鮮明に覚えている。

 「福井さんは優しい人だなあと思った。それでいて、芯の部分でとても強い意志と情熱を持っている」。最高顧問室に乗り込んだのも、自分の首をかけて、頑張っているチームみんなの気持ちを伝えたいという思いがあったからだろうと推測する。

 感情を抑えられず、怒鳴り散らすことが多かった宗一郎にも、後で反省して従業員に声をかける人間的な配慮があったという。

 「本田宗一郎は、技術屋という前に思想家だった。レースをやると陰で働いている人がいっぱいいる。部品をコツコツと作ってくれているような人たちのことを、ものすごく考えていた。僕もそんな姿勢は忘れちゃいけない」。福井はこう肝に銘じている。

 経営者である以上、業績を上げるために合理主義を貫く局面はある。前例のない不況でコスト削減が必要な現在はなおさらだ。だが、こんな時だからこそ、周囲への配慮が大切になる。福井が、F1撤退に始まるリストラの「順序」にこだわるのも、そのためだろう。

 F1撤退で技術者のやる気がそがれる可能性を問うと、こう即答した。

 「新入社員でも強い思いを持って入ってきて、会社を動かしちゃうのがホンダだ。最近は環境分野をやりたくて入社する若い人も多い。我々が抑えても、抑えても、やりたいという技術者は、どえらい力を発揮しますよ」

 環境に賭ける執念 

 その環境分野に福井は並々ならぬ執念を燃やす。

 「経済が回復し、原油高がもう一度始まれば、燃費が良くて、低公害のクルマを出せるかどうかが勝負になる」

 動力源がガソリンエンジンから電池に代われば、クルマの作り方も変わる。自動車産業が100年に1度の変革期にある以上、目の前に不況が迫っていようと、環境分野の手は抜けない。

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