こだわったリストラの順序

 対策をまとめ上げる中で浮かび上がってきたのが、F1が一番のネックになることだった。厳しい姿勢でコスト削減に取り組む一方で、巨費を投じてF1を続けることは論理性を欠く。

 世界でホンダが雇用する従業員は17万人。最悪の状況を想定した場合、国内では短期雇用の社員の契約を更新せず、英国では正社員の希望退職を募るしかない。

 「F1を継続して、非正規の人をカットすることは私にはできない。F1から撤退して、役員報酬もカットする。雇用に手をつけるのは赤字ぎりぎりのところで判断すること。この順序は崩せない」

 F1からの撤退を発表したのが12月5日。同月17日には、2009年3月期の連結業績見通しの下方修正を発表した。通期の営業利益は前期比8割減の1800億円。下期だけを取ると1900億円の営業赤字を見込む。

 まさに急転直下の業績悪化。これは販売低迷に加えて円高の影響も大きい。ホンダはドルに対して1円の円高で、約180億円の営業利益が減少する。下方修正後も世界的な自動車販売の不振や円高が続いており、通期でも営業赤字に転落する可能性がある。

 ホンダは過去に何度も危機を経験してきた。1990年代前半には湾岸戦争後の不況で米国市場が落ち込んだうえに、ヒット車が出ず、三菱自動車との合併がささやかれたこともある。その時にも当時の社長で現在最高顧問の川本信彦がF1撤退を決意した。

 当時、取締役だった福井は、その時期の苦しさも知っている。「今回の危機は当時と比べものにならないほど大きい」と言う。ただ、過去の経験は今回の対応に生かされているようだ。

 「危機の時は、安易に見ているともっと悪くなる。大事なのは一番悪いシナリオを前提にして、どれだけ早く対応策を打てるか。1日、1週間の決断の遅れが、会社存続の命取りになる」

 見つめ直した原点 

 いかにして逆境を乗り切るべきか。最近、福井はホンダ創業者の本田宗一郎と藤沢武夫の言葉を改めて読み返している。2人も様々な危機に立ち向かい、乗り越えてきたからだ。50年前の社内報を読んだ時に、創業者のある言葉が心に刺さった。

危機に際して福井社長が読み返している創業者、本田宗一郎氏(左)と藤沢武夫氏の言葉(写真右:スタジオ・キャスパー)
危機に際して福井社長が読み返している創業者、本田宗一郎氏(左)と藤沢武夫氏の言葉(写真右:スタジオ・キャスパー)

 「企業の社会的な責任の中で、一番重要なのは、雇用と納税の義務だ。そのためには企業が健全な体質を持つ必要がある。だから利益が求められる。赤字を出すと企業は倒産するし、雇用なんて言っていられなくなる」。要約すればそんなことが書いてあった。

 非正規社員の相次ぐ解雇など、世間では雇用調整を巡る議論がかまびすしい。だが、ホンダの創業者は50年前に、この問題を自問自答し、自分なりの答えを出していた。

 赤字を出せば、税金を納めることができず、社会に迷惑をかけることになる。さらに業績不振に陥れば、政府に支援を請うことも考えられる。そうなった場合、企業のトップが、「雇用を守る」と言っても、どこか白々しい。既に社会に迷惑をかけているからだ。

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