「F1マシンの最高時速は300kmを超える。普通の会社ならリスクを考えて、社長に運転させたりしないが、それをさせるのがホンダ。専用のつなぎまで作ってマシンを運転する姿勢に、レースにかけるトップの執念を感じた」。ホンダの支援を受けてF1に参戦した経験があり、福井専用のつなぎも作った「チームスーパーアグリ」の共同オーナー、秋田史は振り返る。

レースがやりたくてホンダに入社した福井威夫社長だったが…
レースがやりたくてホンダに入社した福井威夫社長だったが…

 そんな福井は、撤退を決断する直前まで、F1に積極的な姿勢を見せていた。昨年10月10日から3日間、日本で開催されたF1グランプリ。福井は、チーム代表のロス・ブラウンやドライバーのジェンソン・バトンをこう激励していた。「2009年は勝負の年だ。来期に向けたマシン開発は順調と聞いている。期待している」。

 2007年にスカウトしたフェラーリ出身のブラウンに指揮を執らせ、3年で優勝争いができるチームにする計画を作った。2009年はその最終年度で、結果を出す年になるはずだった。

わずか1カ月で方針転換

 裏切りだ――。わずか1カ月での方針転換を、そう受け止める関係者もいる。それでも運営費が年間500億円を超えると言われるF1を維持する余裕は、今のホンダにはなかった。

 昨年夏まで、ホンダのクルマ販売は好調だった。ライバルの不振を横目に、原油高を追い風にして燃費のいい小型車の「シビック」や「フィット」が、北米で在庫不足になるくらい売れていた。社長になって6年目を迎えた福井は、2009年中に退任する可能性も取りざたされている。後任に引き継ぐ体制を着々と築きつつあるように見えた。

 しかし9月になると、状況は一変する。金融危機を受けて、販売が減速し始めた。原油価格の下落も追い打ちをかけ、稼ぎ頭のシビックや「アコード」さえ、売れなくなった。2008年3月期に1兆円近かったホンダの営業利益の約半分を占める北米の急減速は、ホンダの生命線が脅かされていることを意味する。

 早く情報を集めて、緊急対策を考えなければならない。9月下旬、福井は社内で「緊急タスクフォース」を結成した。ホンダの組織は、独特なマトリックス型になっている。北米、欧州、日本などの「地域」が縦軸、4輪車、2輪車、生産といった「機能」が横軸で、それぞれに担当役員がいる。普段は、クルマを販売・生産する各地域の担当役員に、強い権限を持たせているが、緊急時は、機能を担当する役員に、より大きな権限を持たせる。世界市場を横断的に見て、迅速な意思決定を可能にするためだ。

 「世界中の販売状況を集めて、どう対応するのか。すべて案を吐き出してほしい」。福井はタスクフォースのメンバーに号令した。

危機対応を急いだ
危機対応を急いだ
緊急タスクフォースのイメージ
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