『日経ビジネス』は経営者を中心に優れたリーダーの決断や哲学、生き方に迫る多数の記事を掲載してきた。その中から編集部おすすめの記事をセレクトして復刻する。第5回はユニークな掃除機やドライヤーで知られる英家電メーカー、ダイソン創業者のジェームズ・ダイソン氏を描いた2011年の記事を取り上げる。

(注)記事中の役職、略歴は掲載当時のものです。

2011年7月18日号より

独特なデザインのサイクロン掃除機を発明して世界を席巻した英国紳士。自称「落ちこぼれ」は、製造業を見下す社会に抗し、モノ作りに走った。孤高の天才技術者、ダイソンを突き動かすものは何なのか。

(写真:永川 智子)
(写真:永川 智子)

 「モノ作りこそ、富の源泉」。そう信じて疑わない英国人がいる。ジェームズ・ダイソン。紙パックを使わないサイクロン掃除機を発明した天才エンジニアだ。ダイソンが作ったサイクロン掃除機は、英国では全世帯の3分の1にまで普及し、世界の掃除機市場を一変させた。最近は、羽根のない扇風機を開発し、世間を驚かせた。

 製造業が没落した英国で、次々と革新的な製品を生み出していく。そして今、ダイソンが語る言葉に、英国の政財界が耳を傾け始めている。

 昨年、英国は政権が交代した。首相となった保守党党首のデービッド・キャメロンは、選挙前、経済復興のための産業政策について、ダイソンに助言を求めている。ダイソンが渡した60ページにも及ぶ報告書には、「モノ作り」を軽視する英国社会に対する批判が綴られている。

 「不動産と金融が生み出す薄っぺらで不安定な富に依存し過ぎている。だが、そこに終止符を打てるはずだ」

 サッチャー政権以降、英国は経済低迷から抜け出すために、市場主義を徹底した。外資参入をも厭わない政策は、シティーを中心に金融業の隆盛をもたらした。だが一方で、自動車産業など製造業は衰退し、産業の空洞化が深刻になっている。かつて産業革命という世界史の転換点を刻んだ「製造業大国」の面影はない。モノ作りとは、薄汚い工場でやる仕事…。そんな価値観は、階級意識が残る英国社会で、高等教育を受けた保守的な中流層に強く根づいている。

 そうした現状に、ダイソンは痛烈な批判を浴びせる。

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