300人ぐらいの工場がいちばんいい

 そういう基本的な選択をもう一度、見直す時期にきているんですね。

 やっぱり働くとか商売やっていくとかの生きがいというものは、自由競争から生まれてくるものだと思いますよ。よく過当競争が言われますが、過当競争をやるのは先がみえないからなんです。過当競争やったら、よその人が得をするんですから(笑)、これはやる方が悪い。過当競争をやるのは、自分をよく知らないからなんですね。

 企業間で自由競争を貫くこともさることながら、一方で企業の内部をみると、だんだん中央コントロールが強くなって官僚的な体質が強くなっているということはありませんか。

 まあ、うちなんかでも事業部制でやるとか各工場を別会社制にするとかの対策を講じてますが、あんまり大きなスケールというものはプラスにならんということがだんだんはっきりしてきていますね。

 今日も千葉県の300人ぐらいのうちの工場を見てきました。あのくらいのスケールの方がほんとうに生きていますね。帰りにうちのでかい芝浦工場を回ったら、これはちょっと見ても何をやってるのか、わからんですよ。

 300人ぐらいの工場へ行けば、工場をパッとみれば生きがいいか悪いかだっていっぺんにわかっちゃいますからね。やっぱりスケールの限度ということはあるでしょうね。ところがスケールが大きくないと日本では評価されなかったわけですよ。資本金が何百万円だから金を貸せないとか中小企業だからどうこうだとかいって、中小企業でいい体質を持っていたものを、無理にふくらませて大企業にしてしまったところに大きな問題があるでしょうね。

創業者はつぶして元々と思っている

 ロンドン・エコノミスト誌によると、米国企業の最初の担い手は主としてフォードに代表されるようなエンジニアだった。その次はスーパー・セールスマンで、いまはアカウンタンツ(財務・経理担当者)だが、その時代も終わりつつある。そして、こんどはオーガナイザー・オブ・インセンティブズだと言うのですね。これは要するにモチベーション(動機)を組織できる人とでもいう意味でしょうね。

 なるほど、それは、言い換えれば大きなスケールではダメだということになるんでしょう。同感ですね。

 やはり、創業時のある種の熱気をはらんだムードを維持するというのは、なかなかむずかしいんでしょうね。

 そりゃそうです。創業者が居なくなっちゃったらおしまいですからね。まあ、考えてみると私なんかも創業者で勝手なことをしてもよかったんですしね。大変だったかもしれないけど自由だったわけですよね。だんだん大きくなると、それを継いだ人はそうやれないですからね。創業者というのはつぶしたってもともとだと思っているからね(笑)。

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