渡すのにケチケチすべきではない

 いまが一番良いと判断されたのは。

 まあいろいろあるけれど、こんどのCVCC(複合渦流調速燃焼方式)やる時にも、若い者に非常に言われたし、そうだと思うのは、25年も社長をやってますと、自分じゃ随分、世間のことを知ってると思っていても、やっぱり、企業という垢がたまってますネ。これからの企業というものは社会的責任を果たさないかぎり、存続はないだろうと立派なことを皆の前で言っている。だが、いざ仕事をやろうというときには、企業からの発想でモノを言うようになっている。

 あまり良い時に渡されると後の人は大変でしょう。比較されちゃって。

 そうでもないでしょう。私がやって、つくった良い時じゃない。たまたま、私が社長をやっていただけなんです。実際、僕はもう10年ぐらい重役会に出ていないんだから。私が社長だから私の名前にはなっているけれど、CVCCでも、実際にやったのはいまの重役がやったんですからネ。この功績があるんだから、当たり前だと思うな。私がやって、渡すんじゃないんだから。そういう点でも私はやっぱり渡すべきだと……。人に渡す時、これは肝心だな。人に渡すのにケチケチするのは私は嫌いだ。モタモタしてたんじゃ、みっともなくてしようがねェ。

私には今後の方が難事業ですよ

 企業の垢というものと社風というものとの関係はどうなんでしょう。

 僕の方に垢がたまっている。若い連中の方は新しい空気を吸って入ってきている。やっぱり、昔からの連中は出さないけれど、若い者と話してるとこちらがハッと思うことがいくらもある。ハッと思ったらこちらが止めなきゃならない、そういうふうな意味の垢がたまっているということです。しかも、いつもトップにいるから、ほんとのことがわかっていない。わかったつもりでいるけど、ほんとうはわかっちゃいないんだな。

 トップというのはそういう意味で寂しい存在なんですかネ。

 そうですネ。自然のうちにエリート意識も出るだろうし、命令も出す。やっぱり、時代が目まぐるしく変わるのについてゆけないということもあり得ると思う。長い経験を持っているから、じっくり判断することに慣れているかもしれんけんど、その判断が間違っているかもしれぬ。やっぱり時代に生きる人と早く交代する必要があるんじゃないですかネ。

 ゲーテでしたか、年寄りには誰れでもなれるが、年寄りであることは非常に難しいことだと言っていますネ。

 難しいこってすね。私にとってはこれからが難事業ですよ、そのことは。時代の空気をいくら吸おうと思っても、年が老いてくると吸い切れぬですね。ことに時代の流れがこのところ急速ですからね。

 戦時中というのは国民はこうあるべきだと権力者がつくって変えたんですね。いまの時代はそうではなくて、自然のうちに大衆の声なき声で変わってゆく。これはトップ連中が非常に考えなきゃならぬことだと思いますネ。

 いままで、世の中を変えたのはだれか国の為とか大前提を置いて、戦争やったり教育勅語でスタンダードを作っておいて、それに向けてやらしたが、いまはそうではない。自然のうちに、一人一人が大衆が出し合って、どんどん変えて行った。その中に自分がはいっているということ、そして、作られた変わり方ではないということを僕はつくづく考えますネ。柔軟な頭でないとなかなか、対処できぬじゃないですか。

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