土地問題はまず住宅問題だ

 先日も経済企画庁が、庭付き1戸建て住宅は勤労者はもう諦めろという報告を出した。地価問題は手の付けようがない感じが強まっていますが……。

 いや、どうしてもその手をあらしめなければならない。これは社会正義ということからも解決を迫られている。土地問題は住宅問題という角度からのアプローチを先行させるべきだと考えている。私権制限も当然、浮かんでくる。しかし、それには国民全体の理解とコンセンサスが必要だから、なかなか容易じゃない。

 東京、大阪の過密大都市について、特別に住宅問題を考えてみる必要がある。その場合、広域的に考えないとダメだ。そこで首都圏の土地利用と人口配分を精密じゃないが、おぼろげな構想を考えてみるということだ。

 しかし、一方で住宅施設をよりよくすれば逆に人口がますます集中してくるというジレンマがつきまとう。だから、人口分散によほど精力的に取り組まなければならない。大学の疎開、工場移転、事務所の増設規制のほかに、中枢政府機能の移転まで考えないといけない。

 同時に、市街化された特定の地域については、土地利用に国家介入を考える。いわゆる調整区域では公的機関を中心にして住宅地帯を開発するとか、既成市街地再開発を震災対策の面からも進めるなどの手を打っていく。

 地価は、土地保有税が新設されたが、この程度の税制だと、却って地価を高くする効果もある。地価高騰を抑制する、あるいは地価を凍結するくらいの効き目がある厳しい税制、たとえば高額譲渡所得税などが必要な段階だという感じだ。

企業の心構えも“自由過剰”だ

 大企業に対する風当たりが強くなっていますが、いまの経営者を昔と比べてどう思いますか。

 いまの世の中は社会連帯とか社会道義が欠けていますね。「社会あっての自分だから社会に貢献しよう」ということが希薄です。この社会的風潮は戦後の日本歴史の移り変わりの中から生まれたものだ。

 廃墟の中から立ち上がり、食うや食わずで他人のことなど考えるゆとりもなかった。そこへアメリカの民主主義がはいってきた。ところが、日本では民主主義が皆、我慢のしあいの社会理念だということが忘れられてしまった。要求、権利、自己ということだけが浮き彫りにされた。それが今日に至っている。

 したがって、企業のあり方にしても自由過剰の心構えになっちゃう。本当に健全な社会連帯感が存在する社会なら、煙草の吸い殻を道に捨てるというのと同じに、企業が買い占めをやって物価をつり上げるなどということはあり得ない。あり得ざることがあり得るというのは、社会風潮に原因がある。

 いったん勝手に動き出したものは「これじゃダメだ」と気が付くまで放っておくしか解決の糸口はつかめないという悲観的な意見もありますが。

 そんな考え方は政治じゃない。よくないことです。ロスも大きいし。

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