『日経ビジネス』は経済誌としての50年以上にわたる歴史の中で数多くの名経営者や元宰相らにインタビューしてきた。今では鬼籍に入って話を聞くことのできない方や現役を退いた方を中心に、時代を体現した“寵児”たちのインタビュー記事を再掲する。

(注)記事中の役職、略歴は掲載当時のものです。

1973年8月20日号より

「トップは万卒のため死ぬ心根を持て」「人が代わったら組織を変えろ」「経営学は教えられるが経営は教えられない」──。
次々と飛び出す“松下語録”。
このほど第一線から退いた“経営の神様”松下幸之助氏との本誌インタビューは、延々1時間半にも及んだ。
その中から「経営の要諦」をめぐって、松下哲学のエッセンスとエピソードを紹介しよう。

(聞き手は本誌編集長、太田 哲夫)

   *   *   *   

 すいぶん長い間、働かれましたね。

 55年ですからね。しかし過ぎ去ってみると、そう長いとも思わんですな。気がついてみたらここまできておったというわけです。問題も多々ありましたが、多くは忘れておりますわ。非常に博覧強記で暗記している人もありますけど、ぼくらはじきに忘れますわ。政治家がそんなだったらもうアカンですわ。商売というのはありがたいもので、ええもんつくったり、商売を勉強してたらそれですみますけどな。

“経営の神様”の名も重荷ですな

 世間から“経営の神様”と言われることについて、松下さん自身はどうお思いですか。

 いつどこでどうなったのか知らんけど、1人が言い出したら次の人もそんなことを書いたりしますからね。いつとはなしにそういうことになっちまったんですな。当の本人は一向に関係なく思てんねんけどね。

 まあ、いっぺんいい評判をとることは結構のようでっせ。けどね転落する場合があります。それでそれが非常に重荷になりますな。何もぼくに関係ないことを責任持たされるような感じがしますからな。だからプラス、マイナスでいうと、マイナスの方が多いですわ。

 人間の幸せというのは平凡に、名も知られないという程度にいけばいちばんでんな。なまじっか何かの目標になるとか、話題の種になるということは必ずしもええとはいえまへんな。

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