「ちょっとずつ」やればできる

 人間の行動原理に従った習慣化のコツは、いきなり大きなゴールを狙わないことです。

 技術の習得などに関しても、簡単な覚えやすい作業から始めて、それが習得できたら次のやや高度な作業を、それができたらさらに難しい作業を……というように、徐々にレベルを上げていくことが基本です。

 この「ちょっとずつやる」というやり方は、「苦手とする行動」の克服にきわめて大きな効果を発揮します。

 たとえば、子どもに水泳を教える場合を考えてみましょう。
「まずは水(プール)の中に入る」「水の中を歩く」「水に顔をつける」「頭まで潜ってみる」「浮いてみる」といった具合に、水に慣れることから始めて、徐々に泳げるようにするでしょう。

 かつては「いきなり水に落とす」なんていう荒っぽい指導法もありましたが、それでは水に慣れていない子どもは、水への恐怖やトラウマを植え込まれるだけです。

 これと同様のことが、ビジネスでもいえます。
 たとえば「人前で話すことが苦手」で「営業やプレゼンテーションでのミスが多く、実績が出ない」という部下に対して、「何事も経験が大事」「度胸をつけろ」とばかりに大勢の前でプレゼンテーションをさせたり、電話営業での成果を求めたりする。
 これは「いきなり水に落とす」ことと同じです。

 特に今の若い世代は、「電話での会話」すら慣れていません。「固定電話を使ったことがない」若い人たちも多いのです。

・まずはメールやLINEではなく、電話での会話で商品の発注や確認作業をしてもらう
・それがスムーズにできるようになったら、あらかじめ用意した原稿を見ながら営業電話をかける(ここでは成果を問わない。「電話をかけた」という行動を承認する)
・少人数のプレゼンテーションで「開会の挨拶」だけを担当させる
・少人数のプレゼンテーションで「司会進行」を担当させる
・全体のプレゼンテーションで「一部分」だけを任せる

 こうして徐々に徐々に「スモールゴール」をクリアしていくことによって、その先にある「最終ゴール」(この場合は「人との会話が苦手の克服」)に到達させるのです。

 このやり方は「系統的脱感作法」という、臨床心理学の分野で確立された科学的な手法です。

達成感と自己効力感で継続を後押し

 スモールゴールを設定し、それをクリアしていく方法では、「達成感」と「自己効力感」という、行動の継続を後押しする大きなメリットが手に入ります。

「行動の結果としてやり遂げたことの満足感を覚える」、これが達成感。
「行動の結果として自分にもできるんだという自信を得る」、これが自己効力感です。

 これらの、いってみれば「気持ちよさ」を享受するために、人はまた行動を繰り返す。
 これも人間の行動原理です。

「ミスの無いように確認を徹底する」と毎日説くよりも、簡単な作業で「ミスをしない」という達成感、自己効力感を味わってもらい、その成功体験がさらに次の成功へと向かわせる、というスパイラルをつくり出せれば、行動の定着、習慣化は難しいことではありません。

 ただし、これは「悪習慣」のスパイラルであることも覚えておいてください。
 危険行動の結果には即時性、確実性があります。
「作業工程が短縮できた」「時間をかけずに早く終わった」などの、すぐに、確かに享受できるメリットにも、この達成感や自己効力感があります。

 ある製造業の現場で、階段での事故が頻発したことがありました。
「急いでいるときに階段から飛び降りる」。これにも「作業時間に間に合った」というメリットがついてくるわけです。

 マネジメントする側は、こうした悪習慣のスパイラルをなんとかやめさせようと働きかけるのではなく、その代わりとなる「安全行動」の習慣化を図るべきです。

 たとえば階段に足型をつけておき、階段を上り下りする際にはその足型を踏むようにする。そしてその行動を必ずチェックする、といった取り組みも考えられます。
「階段を飛び降りないようにしましょう」(危険行動をやめさせる)ではなく、「足型を踏みましょう」(安全行動を習慣化させる)というアプローチです。

 ほんのちょっとした行動でも、それを継続させ、習慣化させることで大きな成果(安全)につながる。
 これが「組織行動セーフティマネジメント=BBS(Behavior Based Safety)」の考え方です。



シリーズ累計40万部超のロングセラー『教える技術』の著者で、行動科学マネジメントの第一人者が、職場からミスを無くす科学的方法論を豊富な事例と共に解説。

部下の“不始末"に日々アタマの痛い全リーダーの必読書。もちろん「自分のミス」を無くしたい人にもおすすめ!

石田淳(著) 日本経済新聞出版 1650円(税込み)

この記事はシリーズ「行動科学で解明 無くならないミスの無くし方」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。