冷徹な洞察力を備えた小泉元首相

 小泉純一郎元首相は、産業再生機構が設立された当時の政権トップであり、私もしばしば間近で接する機会があった。
 郵政選挙で勝利を収めるまでのプロセスを眺めつつ、この人物はまさに「局面」において徹底したマキャベリストだと感服したものだ。

 小泉内閣が発足したのは、1994年の公職選挙法改正によって衆議院選挙が小選挙区比例代表並立制に移行してから、しばらく経った時期だった。
 1人だけを選ぶ小選挙区制では、与党の顔である総理大臣が国民の心をつかめるかどうかで、勝負がほぼ決まってしまう。小泉氏はその本質を理解し、政治家は何をインセンティブとして動くのか、人々の投票行動は何に動機付けられるのかを、常に冷徹に洞察している印象があった。

 実は前述した「政治家はすべてにおいて選挙に勝つことを優先する」という裏事情を私に教えてくれたのは、小泉氏である。

 国の政策で誕生した産業再生機構のCOOに就任したものの、こちらは永田町では素人だ。そんな私に小泉氏が「冨山さん、これだけは押さえておくといい」とアドバイスしたのが先の内容だった。
 いわく、政治家にとって落選とは、経営者にとっての倒産と同じである。だから落選を回避するためならなんでもする。約束なんて平気で破るし、裏切りもする。だから政治家と付き合うときは、そこをよく観察した方がいい。

 そして、この言葉は真実だった。

 私は産業再生機構に在籍した4年間で、かなり深く政治と関わることになったが、政治家たちは本当に小泉氏が言った通りに動くのである。
 特に選挙が弱い議員は、テレビで言っていることと地元でやっていることが180度違うほどで、次の選挙で当選するためならなりふり構わない。

 産業再生機構の仕事は、各地域における利害関係を無視して進めることはできない。
 ダイエーの再建では店舗を閉め、カネボウの再建では工場を閉めなければいけなかったが、小売や生産拠点の撤退は地域経済に直結するので、交渉の過程で必ず政治家が出てくる。
 地元選出の国会議員に始まり、知事、市長、町長と、与野党関係なく次から次へと登場しては、地元の利益を守るように口々に訴える。

 それもこれも、すべては自分が次の選挙で勝つためである。その様子を目の当たりにしながら、首相が言っていたのはこういうことかと腹落ちする思いだった。

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冨山和彦、木村尚敬(著) 日経BP 1760円(税込み)

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