政治家にとって、何より大切なものとは?

 例えば政治家の介入を受けたときも、まずは言葉の裏にあるものをじっと観察した。
 すると相手が抱える事情もつかめてくる。

 政治家にとって何より大事なのは、選挙に勝つことだ。
 自分が落選すれば事務所は解散し、秘書のクビを切らなければならない。ある意味、零細企業が倒産に瀕(ひん)するようなものだ。選挙に強い人ならまだしも、当落線上にいる政治家は、なんとしても次の選挙で勝とうと必死になる。

 この利害構造さえ把握できれば、こちらも誰がどのような行動をするか予想がつく。

 政治家が介入しても、地元における相手の立ち位置を理解し、その人の顔を潰さないように工夫しながら物事を進めれば、「選挙にマイナスにならなければいい」と納得することがほとんどだ。
 そのために私が主義主張を曲げる必要はなく、相手が大事にしているものを守れるように配慮すれば話は済む。

 人間はそれぞれに「このためなら動く」という動機付けやインセンティブを持っている。それが理解できれば、自分と相手の利害が一致する地点を見つけて、折り合いをつけられるものだ。

 企業再生の過程で労働組合と交渉する場面なら、1人でも多くの雇用を守ることが相手のインセンティブであることをまずは理解する。会社が破産すれば全員が雇用を失うのだから、経営を立て直すことは、産業再生機構と組合の双方にとって共通のゴールとなる。
 あるいは最悪の場合、会社という箱は潰しても事業だけは救い出し、他の箱を見つけて雇用者ごと引き取ってもらえば、組合側の利益は守られる。

 こうして利害の一致点を探っていけば、どんなにタフな交渉でも、両者が同じ目的に向けて進んでいくことが可能となる。

 企業再生のようにシビアでハードな局面ほど、人間の生々しい本音や素顔が出てくるものだ。だからこそマキャベリスティックに人間を洞察することが重要となる。

 そのことを私は痛感すると同時に、君主論的アプローチで行けばこの職務をやり遂げられるという自信もついた。その後、IGPIを立ち上げて現在に至るまで、『君主論』からの学びは組織と人を動かす上で私のベースとなっている。

2005年10月、当時の小泉純一郎首相は郵政民営化法案を成立させた(写真:ロイター/アフロ)
2005年10月、当時の小泉純一郎首相は郵政民営化法案を成立させた(写真:ロイター/アフロ)

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