一流の「医者」になる
この会社説明会で、人事担当者はこう続けたと大川氏は記憶している。
「例えば皆さんが風邪をひいたらね、お医者さんに行くでしょう。お医者さんに行ったら問診されて、そこで答えているうちに『風邪ひきましたね』と診断されて処方箋をもらう。そこで会計になって『2000円です』と言われたら、皆さんどうしますか?」
「『先生、10円20円まけてや』とは言いませんよね。財布から2000円を出して、『先生ありがとうございます』とお礼を言いながら支払う。1円の値引きも求めないでしょう」。大川青年は頭に電撃が走ったような気がした。
そして、人事担当者はこうたたみかけた。「一流の医者は、人の命を救うために常に最新の医療知識や技術を学び、習得して、最善の治療をする。リード電機が目指す営業とはそういうことです。なので、従来通り飛び込みなど汗をかきながら体力を使う営業とか、接待など顧客の情に訴えて買ってもらう営業がしたい人は、リード電機は受けないでください。頭を使う営業。常に勉強し続けることをいとわない人は、そのまま残って入社テストを受けてください」
「ここや!」
入社テストを受けたとき、既に大川青年の心は決まっていた。「リード電機の営業は一流の医者を目指す。この一言がものすごく刺さった」と大川氏は振り返る。当時は顧客から値引きを求められたら「分かりました!」と力強くうなずき、会社に戻って必死で関係部門と調整していた。それが当たり前だと思っていた大川氏に、リード電機が説明する営業の理想像はとても斬新に思えた。
キーエンスについて取り上げた2003年の『日経ビジネス』の特集に登場する大手電子部品メーカーの財務担当役員の言葉が、キーエンスの顧客と営業担当者との対等な関係をよく表している。「うちの製品は単価が10円未満なのに、(生産)ラインには数万円から数十万円するキーエンスのセンサーや測定器が山のようについてるんですよ。どうしてこんな高いものたくさんつけるんだ、って文句言ったことあるんですわ。そうしたら、何千万円もするラインに数十万円の測定器つければ生産性が何倍にもなるんだから安いものだ、って反論されてね。よく考えたら、我々のほうこそ見習わなきゃいけないんだな」
大川氏は見事試験をクリアし、1984年1月にリード電機に入社した。
「入社おめでとう」と言われて始まった初日、創業者の滝崎武光氏との個人面談で、大川氏はいきなり度肝を抜かれることになる。
(次回につづく)
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