解剖学者の養老孟司先生の「子どもが自殺するような社会でいいのか?」という問題提起からスタートした本連載。いろいろなことが関係している厄介な問題だと、養老先生はおっしゃっていましたが、これまでにうかがったお話から、いくつかの理由が浮かび上がってきました。

 情報化社会において子どもが「ノイズ」として扱われていることが一つ(「なぜコロナ禍で子どもたちは死にたがるのか?」、「なぜ『本人』がいても『本人確認』するのか?」)。また、「自己」という概念を文化として持たない日本に、西洋流の「自己」が急激に持ち込まれたことによる戸惑い(「なぜ日本人は『自分で決めたくない』のか?」)。そして私たちの社会には自殺を止める思想がないこともわかりました(「人はなぜ『自分の命は自分のもの』と思い込むのか?」)。

 これらの議論を踏まえて、課題解決の方策を探ります。

(取材・構成/黒坂真由子)

ここまで、子どもの自殺が増えてしまった理由を考えてきました。では、どうすれば、子どもが死にたくならないような社会にできるのでしょうか。私たちはこれから、どんな社会をつくっていけばいいのでしょうか。今回は、そのヒントをうかがうことができればと。

養老孟司氏(以下、養老):私が気になっているのは、子どもたちが必要なものを与えられているか、ということです。モノの話じゃありませんよ。つまり、生きがいみたいなものです。大人は案外気がつかないんですけどね。

 僕はイタリアの田舎なんかが好きでよく行くんですけど、レストランで小学生ぐらいの子がウエーターのまねごとをして、チップをもらっています。あれは今の国連の意見だと、児童労働ということで撲滅しなくちゃいけない。でも、何もさせないほうが虐待なんじゃないかという気がしています。

 子どもに役割を持たせて、「承認欲求」をある程度満たしてやらなければならない。子どもは承認欲求が非常に強いんですよ。

役割を与えるということは、子どもの承認欲求を満たすことになる。それは生きがいにもなりますか?

養老:なります。自分のなかに生きがいはないんですから。

養老孟司(ようろう・たけし)
養老孟司(ようろう・たけし)
1937年、神奈川県鎌倉市生まれ。解剖学者。東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。81年、東京大学医学部教授に就任し、95年退官。『からだの見方』(筑摩書房、サントリー学芸賞受賞)、『唯脳論』(ちくま学芸文庫)、『バカの壁』(新潮新書)など著書多数。大の虫好き。

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